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路地裏の角をいくつか曲がり、数分程行った所で相手は動きを止めた。
目の前の角を曲がれば対面となるだろう。
ここまで来ておいて躊躇するような三人ではない。
念のため攻撃される事を警戒しつつ、いつでも迎撃出来る態勢を取り、前へと進んだ。
ゆっくりと角を一歩前へ踏み出すと、そこは少し開けた空き地のような場所だった。
目の前にいた人物は一人だけ。
だがよく見ると見知った相手だった。
「メルちゃん!?」
その意外な人物に思わず声を上げてしまう美奈。
それは昼間美奈から魔石の袋を盗った獣人の女の子、メルであったのだ。
「……っ!!」
アリーシャは一人、予想外の相手に驚きを隠せなかった。
なぜならこんな小さな女の子が自分達にある種の視線を向けていたのだから。
殺気。
それもかなりの鋭さであった。
あれ程の殺気を放てるということは、この子が一定以上の戦闘能力を有していることに他ならないのだ。
しかも今はそれを感じない。
裏を返せばそれは殺気を操れるということ。
確かに獣人という種族は人間に比べ基礎身体能力も高く、こと戦闘に於いて高いパフォーマンスを発揮する。
だがこんなに小さい女の子が普通の暮らしの中で身に付けられるとは到底思えなかった。
それこそ誰かに戦闘の手解きでも受けたりしない限りは。
どちらにせよ今三人はこのメルという獣人の少女にこの場所までまんまと誘われたということなのだ。
その事にアリーシャは密かに戦慄する。
「お姉ちゃん達、お願いがあるの」
「お願い?」
しかしそんなアリーシャの胸中とは裏腹に、彼女は少し寂しそうな表情で語り掛けてきた。
「お姉ちゃん達は騎士様なんでしょ? 騎士様は困っている人を助けてくれるんでしょ?」
今にも泣き出してしまいそうなメルを見て三人は顔を見合わせる。
「何か困ってることがあるの? お姉ちゃんに聞かせてくれないかな?」
美奈が声を掛けると少し安心したのか。メルは目からぽろぽろと涙を溢れさせた。
「ドリアード、ちょっと前から病気なの。いつも苦しそうに咳込んでて……わたしが聞いても何ともないって言って教えてくれないけど、絶対病気だもん! わたし、ドリアードに薬を買うお金が欲しくてお姉ちゃんの魔石盗んだの! 全部ちょうだいとか言わないから! 薬を買う分だけちょうだい!」
必死に訴え掛けてくるメル。
言っていること自体はかなり都合のいい話だが、子供であるから仕方ないことなのかもしれない。
それよりも三人はメルの話に幾つか不審な点を感じていた。
ドリアードは魔族だという事は疑いが無いとすると、魔族にも関わらずメルと接しているのはどういう理由からか。
そしてメルの話を鵜呑みにすると、彼は何らかの病気を患っているという事らしい。
果たして魔族も病気などに懸かってしまったりするものなのだろうか。
それともそもそも魔族だと感じた事自体が間違っていて実はただの人間なのか。
色々不確かな点はあれど、この子をこのまま放っておくわけにもいかない。
美奈は二人に目配せをし、一歩前へ出た。
「メルちゃん。お姉ちゃん達、実はドリアードさんに用があるんだ。だから明日もう一度あそこを訪ねる予定だったの。メルちゃんを疑うわけじゃないけど、きちんとドリアードさんと話してからでもいいかな?」
「え? ほんとっ!? じゃあっ、メルも行っていい?」
まさか盗みを働いた張本人からの頼みを受け入れてくれるなどとは思っていなかったのだろう。
否定されなかったことでメルの表情が満面の笑顔に変わる。
笑うと素直ないい子に見える。
三人は少しほっこりとしてしまう。
明日ドリアードと話す際にメルも立ち合うというのは遠慮してもらいたかった。
二人がどういう関係かははっきりしないが、ドリアードが魔族だということをメルに公表するのは避けた方がいいだろう。
だが実際、その事を避けて交渉を進めるのは困難だと思われるのだ。
「う~ん……。ちょっと真面目な話だからメルちゃんは違う場所で待っててほしいんだけど……ダメかな?」
美奈は出来るだけメルを傷つけないようにと細心の注意を払い言葉を紡いでいく。
やはりこんな小さな子に嫌な思いはさせたくはないという気持ちが強い。
メルはというと美奈の言葉を頷きながら一つ一つ噛みしめるように聞いていた。
「……そっか、わかった! じゃあ明日話が終わったら今日メルが最初にいた場所で待ってる!そこで話そうっ!? あそこメルのなわばりだからっ!」
そう言って嬉々として去っていこうとする。
「あっ! メルちゃん!」
「???」
美奈は慌てて彼女を呼び止める。
すると不思議そうな眼差しでこちらを振り返る。
すぐに呼び止めたはずなのに、二人の間にはもう十数メートルもの距離が開いていた。
「あ……もう遅いから送るよ? 私たちと一緒に帰ろう?」
「……うんっ!!」
流石にこんな夜道を子供一人で彷徨かせるわけにはいかない。
中央区までは一緒に連れていくことにした。
そこから寝床としている場所はすぐそこだと言うので三人はメルとそこで別れたが、メルは終始嬉しそうであった。
そんなメルを見て三人の胸中は複雑である。ドリアードを想うメルの気持ちは純粋で、しかし彼は魔族であるのだから。
彼女の話だと赤子の頃からドリアードに育てられたのだとか。
二人はまるで親子のようにこの十数年共に過ごしてきた。
それを語る彼女もまた幸せそうな表情を浮かべるのであった。
少しの間だがメルと接しながら脳裏に幾度となく疑問符が浮かび上がる。
一体彼はどんな目的でメルに近づいているのだろうか。




