13
インソムニアの街は言ってみれば大きな空洞の中に人々が暮らしている。
西の方にだけは港があり、そこから海へ出ることも可能ではあったが、基本的に周りは岩壁に囲まれるような様相を呈しているのだ。
そんなインソムニアの街を三人は宿を出てフィリアに連れて来られるまま、小一時間程掛けて歩いた。
そこはインソムニア最南端。
目の前には高い岩壁がそびえ立っている。
壁の中には埋まるようにして佇む四角い建物があった。
壁のあちらこちらには窪みがあり、その中から煙のようなものが立ち込めている。
「一体何なのだ? これは……」
「煙が出てる?」
これだけでは美奈もアリーシャもここが一体どういう場所なのか全く理解出来ないでいた。
「まあお二人共、入ってからのお楽しみですよ?」
終始嬉々とした表情のフィリアについて建物の中へと入っていく。
中は思った以上に広かった。奥へと続く通路が幾つも枝分かれしている。
「いらっしゃいませっ」
小柄な女性が数人出迎えた。受付カウンターのようなものか。
フィリアはそのまま受付を済ませ、その内の一人に案内されるまま更に奥へと進んでいく。
途中道が蟻の巣のように枝分かれし、思った以上に複雑に入り組んでいるようであった。
――しばらく奥へと進んだその先。そこは意外な場所であった――――。
「あふぅ……まさかこんな所があるなんて……すごく気持ちいい……」
「いやあ……生き返りますねえ……くはぁ……」
美奈達が今いる場所は岩壁の中腹。
インソムニアの街が一望出来る高さに作られた、岩肌を繰り抜いたような半円形のスペース。
そこには天然の温泉を引いた露天風呂が設置されていたのだ。
設置とは言っても露天風呂自体も岩を繰り抜いたような造りになっているので正に天然の温泉といった感じだ。
しかも個人や仲の良いグループだけで使用出来るようにそれはこの岩壁の至る所に設けられている。
ここはインソムニアを訪れる人々に人気のスポットなのだ。
「こっ……こんなっ!? 外ではないか!?」
そんなリラックス出来る環境において、一人だけ置いていかれている者がいる。
アリーシャだ。
ゆったりと湯船に浸かる二人に彼女は顔を羞恥に歪めながら、信じられないといった眼差しを向けていた。
ヒストリア王国の王女であり、由緒正しい騎士であるアリーシャにとって、露天風呂とは少々刺激が強すぎたようだ。
「アリーシャ様、一緒に裸の付き合いしましょう?」
「アリーシャ、すごく気持ちいいよ?」
こんな状況にも完全に適応してこの時間を満喫している美奈とフィリアの二人。
彼女達のそんな姿を目の当たりにしてアリーシャはいつになく首を振り乱し喚きたてた。
「わっ……私はこんな無防備な場所で入浴など無理だ! というかこんな状態でもし誰かに襲われでもしたらどうするのだっ……!? はっ!? わ、分かったぞっ! 私は脱衣所で見張りをっ……」
なにやら一人ぶつぶつと呟き、ここを離れようとするアリーシャの前にいきなり氷の壁が立ち塞がった。
「ひゃうっ!?」
アリーシャのいつになくらしくない悲鳴。
急な状況に完全にテンパっているアリーシャは氷の壁に体ごと体当たりをかましてしまう。
流石のアリーシャも強かに顔面を打ち付け鼻を押さえていた。
「フィリアか!? ひ、卑怯だぞ!? こんな……? う――さ、寒いっ!?」
薄い布地のタオルを纏っているだけのアリーシャ。
周りの空気が彼女の柔肌を容赦なく冷やしていく。
急速に体の熱を奪われ、アリーシャは寒さに身震いした。
「アリーシャ様? お湯に浸からないと凍えてしまいますよ? 今宵はよく冷えますので」
いつになくいたずらに笑みを浮かべ、フィリアがアリーシャを手招きする。
アリーシャはそんなフィリアの様相に顔を青ざめさせた。
「くっ!? 私はこんな寒さなどに屈しない! フィリア! こんな事で私は絶対に折れないからなっ!」
歯を食い縛り、ガチガチと震えながらも闘志を剥き出しにして自身の体を抱きつつ、寒さに耐えるアリーシャ。
「くっ……!? 流石アリーシャ様! そんな頑なな所も素敵です!」
アリーシャの固い決意に気圧されつつも目を輝かせるフィリア。
彼女の冷気から逃れるために湯船に浸からせる、という作戦はあっさりと空振りに終わってしまう。
だが作戦はこれで終わりではない。
寧ろこの程度の事は想定済みだ。アリーシャとは幼い頃からの長い付き合いなのだ。
「フッフッフ……」
フィリアは蠱惑的な笑みを浮かべ、作戦の第二段階に移るべく美奈へと目配せをくれたのだった。




