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近づくとそれは直径十数メートルに及ぶ洞穴だった。
その入り口付近。開かれた門扉の前に小さな人が二人立っている。
初めは子供かと思ったその人達は、近くで見るとその容貌が子供ではなく大人だと気づく。
年は二十代位だろうか。体が小さいのでどうしても違和感を覚えてしまう。
身長百二十センチ位の大きさなのだ。だが裏腹に身体はとてもがっしりとしており、頭には角の生えた兜を被っていた。
これが噂に聞くドワーフという種族なのだろう。
その二人は両手に丸い盾と斧を持ち、明らかにこの場所の警備をする者なのだと伺いしれた。
「止まれえいっ!」
野太く荒々しい声。少し訛ったようなイントネーションで何とも言えない田舎臭さを感じる。
二人はずいずいと前に進み出てくると馬車の前に立ちはだかった。
そんなだから運転しているフィリアも馬車を急停止する羽目になる。
停車した馬車の窓からアリーシャが顔を出すと、暫く彼女を見、黙り込んだあと男はハッと驚いた顔をした。
「おめえはアリーシャじゃねえかっ!? 今日は船じゃあねえんだなっ!? サーペントライガーは回避できたのかっ!?」
自国ではそこまで顔の通っていなかったアリーシャだが、ここではそれなりに有名なのか、警備のドワーフはすぐにアリーシャに気づいたようだ。
しかし必要以上に大きな声だ。思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
「ああ、まあ何とかな。中へ通してもらえるだろうか?」
「そうかそうかっ! ガハハッ! 流石アリーシャだなっ! 構わねえぞっ! 通ってくれっ!」
豪快な笑い声と共に道を開けてくれた二人のドワーフ。意外にも通行証などは必要無く通してくれた。
これはアリーシャだけが特別ということなのだろうか。
とにかく美奈達はドワーフ二人の脇を抜けるとしばらく緩やかな下り坂をゆっくりと進んでいく。
大きな弧を描く薄暗い道は、僅かな魔力灯の光だけが頼りであった。
フィリアは壁にぶつからないよう慎重に手綱を握っている。
途中二度ほど門扉があったがそのどちらも開け放され、見張りもいないのですんなりと通ることができた。
入り口から十分くらいは進んだだろうか。
ふと先が明るくなっている出口らしき場所が見えた。
「ここを抜ければインソムニアの街だ」
アリーシャが光を見据えながら言った。
その言葉に美奈がふっと息を吐いた。ようやく到着のようだ。
美奈は若干未開の地に緊張しつつも実は胸を踊らせていた。
思えばこんな旅、初めての経験なのだ。
先程のドワーフの姿を脳裏に思い返し、未だ心臓がドキドキしていた。
異世界でドワーフといった空想上の生き物が普通に生活を営む場所。
そう考えるだけでほわほわした気持ちが湧いてくるのだ。
そんな折、やがて馬車は洞窟を抜けた。
その瞬間目の前が光で真っ白になった。
美奈はこんな地底に何故光がと不思議に思いながらも眩しさに目を細める。
しばらくして目が慣れてきた頃、その景色に目を見張った。
光の答えは地底の天井に当たる部分にあったのだ。
「これ……魔石?」
「そうだ。この光で街を明るく照らすのだ」
薄暗い空洞を抜けた先。
目の前に広大なインソムニアの街並みが広がっていた。
今いる場所は地底でもかなり高い位置のようで下まではまだ百メートル位はあるだろうか。
落ちたら大変だが危うく立ち眩みそうになる。それを美奈は既のところで堪えた。
天井部。
街の中心と思われる場所に直径十数メートル程の魔石が取り付けられており、それが煌々と光り輝いているのだ。
それによりインソムニアの街が昼間のように照され何と明るいことか。
「魔石が国の光源となっているのだ。夜になれば魔石は光を失い街は暗闇に包まれる。昼間は今のようにインソムニアの街並みを照らしてくれるのだ」
「すごい……」
思わず感嘆の声が漏れる。
美奈は改めて馬車の窓からぐるりとインソムニアの街並みを見渡してみた。
ヒストリアとはまた違った雰囲気を覗かせるその街並みは、荒々しく整然とはしていなかったが空間の中にぎっしりと建物が詰め込まれているようで。これはこれで圧巻であった。
そして目の前の大きな魔石。
こんな地底の広大な空間に人々が生活するのを可能としている。
美奈は改めてこの世界の魔力や魔石の生活圏への浸透に感心した。
それと同時に元いた世界の電力や家庭の灯りが少し恋しくもなった。




