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橋の周りの崖には胸の高さくらいの柵が立てられており、美奈はそこから下を覗き見た。
「っ!? ……高いっ……」
気の遠くなるような高さだ。
崖下の彼方からは清流の音が聞こえてくる。
靄がかかりはっきりとは下まで見えないが、どうやら川が流れているらしかった。
中腹にはたくさんの窪みがあった。
そこがワイバーンの棲み家のようで、中では何体ものワイバーンがひしめき合っている。
その景色には身震いしてしまう。
ざっと見ても百は越えるだろうか。
目を光らせこちらの様子を伺っている個体もいる。
空を旋回しながらギャーギャー鳴き喚くその声を聞いているとまるで自分達がエサ扱いされているようで、生きた心地がしなかった。
野生のワイバーンはどれも総毛立っており気性が荒そうだ。
まあ気性が荒くない魔物というのは出会ったことは無いが、とにかくこれだけの数のワイバーンの上に橋があり、普段事無きを得ているというのであれば、いつもはもう少し大人しいのかもしれない。
改めて美奈は思う。
前回のように一体だけなら相手取るのはそう難しくは無い。
だがあの数が一度に襲ってきた時のことを考えるととても対応しきれないと。
「あっ! 見てください! あちらの橋の縁に人陰が見えますよ!」
フィリアの声に目を対岸へと向ける。
すると確かに戦いの装備をしている冒険者という感じの人陰が目に映る。
だがここから見える限り、その人数はかなり少ない。
「え? ……たった二人だけ?」
「まさかっ!? ジークフリートかっ」
アリーシャがそう呟いたとほぼ同時。橋の縁からそのうちの一人が飛び降りた。
真っ逆さまにワイバーンの巣窟の地帯へと落ちていく。
その男はかなりの長身で腰まであろうかという長い黒髪をなびかせていた。
手には何も持っていない。
そこに群がるワイバーンの群れ。その数約二十。
「危ないっ!」
ワイバーンが冒険者に噛みつくその直前、彼は体を覆うそのマントの懐から一丁の拳銃を取り出した。
そして次の瞬間、そこから凄まじい光の奔流が発せられ、レーザーのような光が目の前の数体を両断。
更にそのレーザーを四方八方へ噴出。
断末魔の声を上げる間も無い。あっという間に自身に群がるワイバーン全てを倒しきる。
その際に流れ弾のように美奈のいる直下の岩壁にその光が当たる。
その後を見やると岩はどろどろに溶けていた。
そのまま自由落下をし続ける冒険者。その先に再びワイバーンの群れ。落下地点から大きく口を開け、今度は炎のブレスを吐いた。
落下中にブレスを避ける手立ては無い。
そのまま直撃は免れないと思ったその時、横からもう一人の冒険者が現れその体をかっさらっていく。
「飛んでる!?」
もう一人の冒険者はこんな場所には似合わないタキシードにシルクハット、黒いマントというようなマジシャン風な格好をした紳士だった。
確かに彼は飛翔しているように見えた。
椎名のように風を操って飛ぶというよりは、自身の身体を空に浮かせ自在に動かしているような。それだけ滑らかな動きであったのである。
彼はそのままワイバーンに追いかけられる態勢となった。
再びワイバーンの群れは口を大きく開き、ブレスの体勢を取った。
十数体のワイバーンから一斉に放たれる炎や氷のブレス。食らえば勿論ひとたまりもない。
ブレスが彼らに届く直前、その冒険者はマントを大きく翻した。
するとたったそれだけのことで、まるでブレスが意思を持った生き物のようにくるりと旋回し、ブレスを放ったワイバーンの下へと帰っていったのだ。
当然ワイバーンの群れは避ける間もなく自身が放ったブレスの餌食となり、あるものは凍りつき、あるものは焼け焦げ落下していった。
一瞬にして多くの仲間を失った残りのワイバーン達は面食らったように巣から動かなくなった。
目の光は輝きを失いどうやら戦意を失くしてしまったようであった。
「……すごい」
「ああ……流石と言わざるを得ない。先制して瞬時に多くの同種を抹殺することによって、ワイバーンの戦意を失わせるとは。これでしばらく何もしてこないだろう」
美奈の思わず漏れた呟きに、アリーシャですらも感心した様子であった。
この事からもあの二人が相当の手練れであることは容易に想像できてしまう。
「あっ、アリーシャ様! あの二人がこちらに近づいてきます!」
ワイバーンの群れを掃討した冒険者二人は、向こう側へ戻るのかと思えば今度はこちらへと近づいてきた。
空を流れるように飛行する二人の冒険者。
美奈は片方の男と一瞬目が合う。
その瞳は冷たく哀しい目をしていると思った。




