SS ~お父さん~
長閑な昼下がり。今朝ヒストリアを発ったばかりの美奈、アリーシャ、フィリアは馬車に揺られながら久しぶりの旅路にほんの少しの期待に胸を膨らませていた。
確かに旅の目的は決して軽々しいものでは無い。
だがそれでもだからといって、常に俯いて重々しい空気の中旅をするというのもそれはそれで逆に直ぐに参ってしまいそうだった。
ヒストリアの戦いからそれなりの日数を経た彼女達は今、しっかりと気持ちを切り替え新たな目標に向かい進み始めたのだ。
「でもさ……」
不意に美奈が馬車の窓から吹き込む涼やかな風を浴びながら呟いた。
「?? ……どうしたミナ」
同じく反対側の窓辺に座り平原の景色を楽しむアリーシャが不思議そうに首を美奈の方へともたげる。
「アリーシャのお父さんは自分の娘が家にいなくて寂しくないのかな」
「は?」
その内容の突飛さに間抜けな声を上げるアリーシャ。一瞬変な沈黙が流れる。
「あっ……ごめんアリーシャ。でもさ。やっぱり親にとって娘はすごく可愛い存在だと思うんだよね? それにこの旅ってけっこう命に関わるよね? それを自分の娘であるアリーシャに行かせるのって心苦しくないのかなって……」
「……ぷっ……あははははっ!」
「え? え?」
慌てた様子の美奈を見て、不意に笑顔を浮かべ声を上げて笑い出すアリーシャ。
美奈はそんな反応をされるとは思いもよらず、ただただ困惑した表情を浮かべていた。
「あ、すまないミナ。何だかそんな発想をするミナが可笑しくてな」
「そう……なの?」
「ああ。私は幼い頃から父には兄アストリアと共に鍛えられてきたからな。物心ついた頃も正直自分が女だという事を認めていない節もあったし。今更そんな扱いを受けても逆にどうすればいいのか分からなくなってしまうよ」
そう言いつつ笑顔を浮かべるアリーシャ。だが美奈はそんなアリーシャを少し不憫にも思ってしまう。
それは強く気高く、アリーシャらしいとも思えるが、女の子としての振る舞いを殆どしてこなかった事が本当に幸せな事なのだろうかと。そんな疑問も浮かんでしまうのだ。
「……アリーシャはそれでいいの?」
「ん?」
「あっ……ごめんなさい、私ったら余計なことだったよね?」
流石に美奈も余り深く立ち入る話ではなかったと素直に反省する。話はこれで終わりとばかり再び窓の外へと視線を向けた。
「ミナ、私は充分幸せだよ」
そんなアリーシャの言葉に弾かれたように再び彼女の方を見る。アリーシャは優しい微笑みを浮かべていた。
「今の私は好きな事をして好きなように生きている。確かに辛い事もあるが、周りにはこんな素敵な仲間がいて私の事を考えてくれる。こんなに嬉しい事は無い」
「……うん」
アリーシャの透き通った瞳に見つめられ、同じ女性ながらため息が出そうになってしまう。胸がとくんと高鳴って、優しい気持ちが溢れてくる。
「はあ……」
窓の外に顔を向け、広大な青空を見上げるとやっぱりため息が口から溢れ出た。
彼女の事をいつも可愛いがってくれて、箱入りのように小さな事で一喜一憂するあの人を不意に思い出す。
「お父さん……」
美奈もここまで充分幸せだと、遠い空の向こうにいる筈のあの人に向けて呟いた。




