七日目
いよいよ出発の日。
シーナは結局自分たちの世界の仲間と離れ、ヒストリアの騎士たちと旅に出ることを決意した。
ボクが提案を持ちかけた時はできればクドーも一緒に来てほしかったみたいだけど、結局それはあきらめてしまった。
ボクは正直人のそういう気持ちには疎いから良くはわからないんだけど、シーナはどうやらクドーがミナのことを好きなのかもしれないという可能性を考えているらしい。
ミナがハヤトと恋人という間柄にあるのは事実みたいだけど、一年前クドーはミナの事が好きだったみたいなのだ。
だからクドーは恋人のハヤトがいることで遠慮しているのではないか。
そんな事を気にしているのだ。
先日クドーを自分の旅に誘いに行った時、ミナの話を出されてシーナはそこで戸惑ってしまった。
そしてそのまま旅立つことをクドーにだけは打ち明けられず今日の日を迎えてしまうことになった。
自分より先に旅立つ皆を見送る時、まるで逃げるようなシーナの胸中。
それはとっても複雑で、ボクなんかには到底理解できないものだった。
皆を見送ってからシーナはまるでやけになったようで。
午後に発つはずの予定を繰り上げて、すぐに発ちたいと言い始めた。
それはシーナのわがままだとは思ったけど、アーバンはそれをできる限り聞いてくれた。
そして思ったよりだいぶ早く、午前中には船に乗り込めることになったのだ。
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船はけっこうな大きさだった。
ボク自身そこまで船を見たことはないし、知識もそんなにはない。
だけど全長五十メートルはありそうなこの船はかなりいい代物だと思ってもいいんじゃないだろうか。
しかも中は三層になっており部屋も十分な数がある。
食堂やシャワーやトイレといった設備も整っている。
帆船だけど魔石による動力源も配備されていて、海が凪いだ状態だったとしても航行スピードを落とすことなく進むことができる。
本当に設備も動力も言うことなしの船だと思う。
この国の王様はシーナをすごく気に入ったらしい。
たぶん王様と気さくに話したり、いつも笑顔で元気なシーナだからこそなんだと思う。
王様も気心が知れた娘のようできっと嬉しかったに違いない。
その辺のやり取りはシーナは人間の中で本当にうまくやる子なんだと改めて感心させられたものだ。
船に乗り込んだ人たちはシーナとアーバン率いる小隊の騎士たち二十人程度。
それと船の乗組員十人程度で合わせて三十人くらい。
今ボクは忙しなく動く周りの皆をよそに、船上から海を眺めるシーナとそこからの景色を楽しんでいる。
もっともシーナに関しては景色を楽しむというよりは物思いに耽っていると言った方が正しいみたいだったけど。
「しかし何でまた早く発とうなどと言いだしたのだ?」
航行は至って順調で、手が空いたアーバンがこちらにやってきて当然な質問をシーナに投げかけてきた。
それに振り向き笑顔を作るシーナ。
だけどそれとは裏腹に彼女の心はズキリと傷んだ。
「あ……急にごめんね、アーバンさん。でも行くなら早いに越したことはないしね! 少しでも早く強くなって皆に合流しなきゃって思ったのよ」
シーナはピースサインなんかを作っておどけて見せた。
その表情、仕草、そこは彼女の心からは想像し得ないくらい矛盾したものだった。
シーナは表向きはこんなでも、実際は後悔し始めていたのだ。
そして胸のもやもやがいつまでも消えることはない。
この旅の途中、自分にもしもの事があったら。もう二度とハヤトやクドー、そしてミナには会えないのだ。
自分が無事だとしても彼らが旅先で無事な保証なんてどこにもない。
それなのにシーナは一時の感情で皆との別れをとてもあっさりとしたものにしてしまった。
本当にそれで良かったのかと。
少し冷静になって思ったみたいだ。
だけどもう後戻りできない所まで来てしまった。
船は順調な滑り出しで速度をさらに上げていく。
今さらそんなことを考えてもどうにもならない。
だからシーナは今できるだけ何も考えないようにしている。
「……そうか。なら構わないがな」
「もう! 隊長もシーナさんも! そこは予定通りにしてほしかったッス! お陰でメリルちゃんとろくに挨拶できなかったんスから!」
「あ……リットくん。……そうだよね。私、ちょっと身勝手だったかも。ごめんなさい」
シーナはどうやらリットの気持ちを自分自身に重ねて相当申し訳なく思ってるみたいだった。
ボクは正直悩んでいた。
このまま船を進めていいものか。
せっかく一時前向きな気持ちになれていたのに、このままだと先行きが不安だと感じていた。
この旅を薦めたのはボクだけど、それはこれが今のシーナにとって最善なのではと判断したからだ。
だけどこんな調子で、こんな心の状態でこれからうまくいくとは到底思えない。
シーナは意外とメンタルの弱い子だ。
いつも元気に振る舞っているのはそういう自分を気取られないという目的もあったりする。
今の彼女の状態を鑑みると正直かなり微妙だ。
シーナとは思ったことは何でも相談すると約束した。
ボクは想いきって彼女に声を掛けることにした。
『あのっ……シーナッ』
その時ヒストリアの空に一筋の炎が立ち昇った。
空高く赤い炎が舞い上がっていく。
「……シーナ、どうする? 引き返すか?」
「なっ、何だろうね! 私たちには関係ないわ! もう船も出ちゃったんだし!」
気を使い戻る提案をしてくれたアーバンに、だけどシーナはわざとらしく気づかない振りをした。
彼女にしては嘘がバレバレで。誰の目から見ても無理してるんだって気づけるんじゃないだろうか。
「はあ……シーナ……お前はバカか」
「いたっ!?」
ため息を吐き、アーバンがシーナの頭にチョップをくれた。
大げさに痛がるシーナだったけど、実際は大して痛くもない。
ただまさかそんなものが来るとは思いもよらなかったみたいで。シーナは少し混乱気味だった。
「何を悩んでいるのか知らんがあれはクドーだろう。旅に出た筈なのにわざわざここまで追いかけてきたのだ。ちょっと行ってくればいいではないか」
「え……でも、私……」
シーナは口ごもる。
どうやら他の皆は色々予定を引き上げて航海に出だというのに、自分だけそんなことをするのが納得いかないようだった。
そんなシーナにアーバンはまたまたため息を吐いた。
「こんな事言いたくは無いし、勿論そんな事にはならないよう最善の努力はするがな。もしかしたらこれが今生の別れになるのかもしれないのだぞ? 変な意地を張っている場合かっ。アホが! いつものようにわがまま放題好き放題で振る舞えばいいだろうっ!」
「アーバンさん……」
「ほらっ、早く行け! 馬鹿者!」
彼の言葉で踏ん切りをつけることができたみたいだ。
明らかにシーナの心は晴れ渡っていく。
「……うん。わかった! 行ってくる!」
すぐにシーナは踵を返し、そのままアーバンに背を向けたまま立ち止まった。
「アーバンさんてば……いつも私に酷い言い方だよね……」
「いやそれはっ!? そのっ……」
呟くようなシーナの言い方に傷つけたと思ったのか、ひどく焦っているみたいだった。
「でも私別に、そういうの嫌いじゃないよ?」
「なっ……!?」
それだけ言って振り返り、ペロッと舌を出す。
そのまま空へと浮かび上がり、シーナは全速力でヒストリアへと空を駆けた。
何だかアーバンの顔が蒸気しているように見えたのは気のせいだろうか。
だとしたらそれってどういう気持ちなんだろう。
人の心はよく分からない。
まだまだ勉強が必要だ。
少し吹っ切れたようなシーナの内心を感じつつ、この子の心の変化に今一ついていけてない自分がいる。
何にせよ、ボクはこの主の下でこれからもグラン・ダルシを旅していく。
ここまでご拝読いただきありがとうございます!
しかも番外編まで本当にあなたは天才ですねっ!
とはいってもかなり内容的には本編を補足するようなものとなっておりますので読んでおいて損はないとは思います!
お楽しみ頂けたら幸いです!
さて、本編ではかなり少ししか出てこなかったソニアとロメオの二人。
というかこの番外編でちゃんと登場させたくて本編で無理矢理登場させた的なところあります。
アーバンとの関係性を描いたりしてみたいなあとかいう気持ちもなきにしもあらずで、更に言うと今後も再登場させられたらなあとかも思っていたりします。
どこでとかは全く答えられませんが。
まあこの二人のこともちゃんと覚えておいてあげてくださいね?
個人的には割と気に入ってる二人なので。
あ、あとリットの彼女のメリルちゃん。
ちゃっかりやることやってる後輩を演出したかったのですっ!
リットめっ!
まだ若輩者のくせにっ!
羨ましいやつめっ!
まあこんな話はこれくらいにして、とにかくここまでそれなりに長かったと思いますが、きちんと読んで下さって本当に感謝です。
そしてこれからもまだまだ続いていくこの物語を愛してくだされば嬉しいです。
では引き続きお楽しみください!
二〇二一年九月某日




