表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
間章 シルフとアーバンの憂鬱
295/1062

四日目4

アーバンは急ぎ西の広場の時計塔へと向かう。

自然と足が早まっていく。

ふと思う。その動機は一体何処から来るのかと。

そんなことはもちろん、早く行かないと椎名が時計塔を離れてしまうからなのだと自分に言い聞かせる。

いや、そもそもそれ以外の理由なんか無い。あるはずも無いのだ。

騎士寮から西の広場まではそう遠くない。歩いても十五分と掛からないだろう。

目の前の角を曲がり広場までは一直線となった所で、視界が開け時計塔が見えた。

その屋根の上を見ると一つの人影があった。

間違いない。あれは椎名だ。

それを認識した途端胸がとくんと跳ねて急に動悸が早くなる。

アーバンは首を左右に振り、一旦そこで足を止め、大きく深呼吸をした。

走っていたため、息も僅かではあるが切れている。

ここからは歩いて近づいても見失うことは無いだろう。

一歩一歩と彼女に視線を向けながら足を踏み出していく。

そんな中アーバンは不思議に思っていた。

何故かは分からないが椎名に会えると分かった瞬間、急に心の中に焦りのような不安な気持ちが去来し始めたのだ。

アーバンはこれがどういう事だか分からずに、ただただ戸惑ってしまう。

さっきまではどちらかと言えば椎名を見つけたい気持ちが先行していた筈なのに、見つけたと分かった瞬間その気持ちが真逆に転じてしまったのだ。

何とも不可解な想いである。

だがここまで来てシーナに声を掛けないという選択肢は無い。

アリーシャ様からの言伝(ことづ)てを伝えなければならないのだ。

アリーシャ様からの信頼を失うような事は絶対にあってはならない。

だから早く行動を起こさなければ。

そこまで考えて、アーバンはこれが任務だという認識を持った。

そうすれば上手くいくような気がしたのである。

現にそう思った途端気持ちが軽くなった。

だからこの考えは決して間違いではないのだろう。少なくとも今の自分にとっては。

そんなことを考えている内に、時計塔の扉をくぐり階段を上へとひた進み、いよいよその時はやってきたのだ。

アーバンはそこで一つ深呼吸をする。

そこは町が見渡せる吹き抜けの場所となっていた。

地上から見た時、椎名は屋根の上にいた。

吹き抜けから身を乗り出せばきっと彼女がいる筈だ。

そっと身を乗り出して上を見る。

すると人の足が見えた。

椎名だ。すぐそこにいる。

その足を見ただけで心臓がびくんと跳ね、アーバンは直ぐ様目逸らし中へと引っ込む。

胸に手を当て深呼吸する。

はあ~と長い息が漏れる。

それでもバクバクと心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

このままではまともに話が出来そうな気がしないので暫くそこに留まり息を整えることにした。


「はあ~……」


その時、すぐ上からシーナのため息が聞こえてきた。

やはり昨日のことを考えているのだろうか。

そこまで考えてアーバンはコソコソと女の子の行動を観察していることが恥ずかしくなってきた。

とにかく声を掛けよう。

もしかしたら今にもどこかへ行ってしまうかもしれないし。

椎名はその気になれば空も飛べるのだから。


「おい」


「……」


意を決して呼び掛けてみたものの、全く返事がない。

再び身を乗り出してシーナの様子を探る。けれど何か考え事をのしているのか、一向に気づく様子は無かった。

今日は穏やかな風が吹いている。今の呼び掛けだと気づきにくかったか。

仕方ない、今度はもう少し大きな声で呼んでみるとしよう。


「おいっ、お前っ」


「……」


お前とか、ちょっと乱暴な呼び方だったかなどと思ったが、結局それでも反応は先程と何ら変わることはなかった。

アーバンはいよいよ腹立たしくなってきた。

二回呼んでも全く気づいてもらえないなんて。

確かに色々あって考えることもたくさんあるのだろうとは思う。

だからといってうじうじ悩んでいるのはアーバンは好きではない。

悩んだって別に何も解決になんてならないからだ。

それにその事によって周りも心配するし、気を使って遠慮がちにもなってしまう。

そんなことでは駄目だ。

もっとしっかりと自分を持つべきだ。

アーバンはもう一度椎名の名前を呼んだ。

腹の底に力を込め、喩え数百メートル離れていても聞こえるくらいの音量で。


「おいコラッ!! シーナ!」


「わっ!? たたたたっ!!?」


これには流石の椎名も気づいた。

だが余りにも二回目と三回目の呼び声に差があったため、椎名は驚き危うく屋根を滑り落ちそうになってしまう。

何とか既の所で堪え事なきを得たが。


「だ……大丈夫か?」


流石にやり過ぎたと思い、恐る恐る椎名に声を掛けるアーバン。


「な、何よ急にっ! 乙女の時間に土足で上がり込んできて! びっくりするじゃない!!」


「あ、いや、何度呼んでも気がつかなかったものだからな。つい語気を荒げてしまった。すまない」


椎名のすごい剣幕。

悪いのは自分だけに流石にしおらしくなるアーバンであった。


「あ、いや。別に謝らなくてもいーわよ? ……で? 一体こんな所まで来てどうしたの?」


拍子抜けしたように話の本題を振る椎名。

アーバンは椎名がそこまで怒ってはいないのを確認すると少し気持ちが落ち着いた。


「あ、ああ。アリーシャ様からの伝言を伝えに来た。今日の夕食、皆でどうかということらしい」


「え? そうなんだ? ……あ~、皆目覚めたしね。うんわかった。オーケーだよ」


「そ、そうか。では私から伝えておこう」


「あ、うん。でも何か悪いし私から伝えに行くわよ?そっちも色々あるだろうし」


「あ? そ、そうか。……ならそうしてもらおうか」


何だかぎこちない会話のように思えてしまう。

いや、実際そうなのだろう。

そもそもアーバンは年の近しい異性とは余りまともに会話したことは無いのだ。

せいぜい幼馴染みのソニアくらいか。

しかもせっかく何時間も街中を探し回ってやっと椎名に会えたというのに。

用件は直ぐに終わり、帰った方が自然な流れとなってしまった。

アーバンはそこで自分が寂しい気持ちになっていることに気づく。

そこで頭を激しく振るアーバン。

一体自分は何を考えているのかと。

ここにいてもしょうがない。アーバンは騎士寮の自分の部屋に戻ることにした。

最後に挨拶だけしてこの場を去ろうかと椎名の顔を見たら、何やら神妙な表情で考え込んでいるではないか。

その表情を見てアーバンは胸の中がもやもやしてしまう。

シーナと初めて会った時の彼女のアーバンの第一印象。

それは元気で溌剌(はつらつ)とした女性、という感じだった。

戦いの中では心身共に傷ついたりしたこともあったが、それでも何とか踏ん張り、立ち直り、歯を食い縛りながらも魔族と必死に戦っていた。

アーバンはあの時の彼女の瞳の輝き、傷ついても懸命に立ち上がり、魔族に向かっていく様を単純に美しいと思ったのだ。

だが今はどうだ。

常に心ここにあらずといった感じで、終始何かに思い悩んでいるように見える。

ため息など吐いて覇気が無いし、先程から笑顔の一つも見えないではないか。

理由は分からない。

思い当たる事は幾つかあるが、実際何を思い悩んでいるのかなど、元々人と、特に女性とコミュニケーションを取る経験が圧倒的に足りていないアーバンにとっては分かりようもないのだ。

だがそれでも、アーバンはこのままここを去っていってしまうことがとても(はばか)られた。

お節介かもしれない。

もしかしたら迷惑かもしれない。

だがそれでも何か彼女に、せめて彼女を笑顔にさせる言葉を掛けられないだろうか。


「……? どうしたのよ? まだ何かあるの?」


まだその場に留まっているアーバンに気づき、椎名が振り向いた。

彼女の瞳を見てアーバンはぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような心持ちとなる。

アーバンは意を決し、息を吸い込んだ。


「あっ、あのなっ! 私はお前に感謝している!」


「へ?」


「っ……あ、あの戦いの時は散々酷い事を言ってしまったような気がするのだが、結局の所お前がいなければ私を含め私の隊の面々は今この世にはいなかっただろう! 言わばお前に命を救われたのだっ! だっ……だからっ! この国のために戦ってくれたお前を誇りに思うと同時に、何か困った事があれば必ず力になる所存だ! そ、それだけだっ! 分かったなっ!」


アーバンは出てきた言葉を捲し立てながら顔が真っ赤になっていくのを感じていた。

身体が熱い。

頭に血が昇り自分でも正直何を言っているのか、何故こんな事を言っているのかも分からない。

今の自分が恥ずかし過ぎて羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。

こんな自分をこれ以上見られていたくない。

アーバンは(きびす)を返し一目散に階段を降りていった。

何をやっているのだろう。

結局彼女を元気づけられたかどうかも分からない。

自分は今心の底から馬鹿みたいだと思う。

だがそんなことはもう後の祭りだ。


「くそっ! 何なのだこれは!」


自分でも初めて感じるこの胸の高鳴りに、アーバンは妙な苛立ちと戸惑い。それとほんの少しの嬉しさを噛みしめていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ