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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
間章 シルフとアーバンの憂鬱
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四日目3

「うむ……、まいったな」


ソニアにアリーシャの事を聞いてからすぐに追い掛けたのが功を奏し、彼女を見つける事は出来た。

だが勢い任せでそのままリットと椎名には自分が伝えると、アリーシャからの言伝(ことづ)てを預かってしまったのだ。

そんな事をしてしまった自分にアーバンは今、少し後悔し始めていた。

そもそも今日は元々非番の日である。

まずリットに言伝てを伝えるにしてもどこにいるか分からない。

寮の部屋まで足を運んだが留守だった。

更に椎名に関してはリット以上にどこに行くか全く検討もつかないのだ。

アクティブなイメージのある彼女の事だ。

もしかしたら国外へ出ている可能性すらある。

そうなれば今日中に連絡を取ることすら絶望的だろう。

ともすれば王女の頼みを無下にし、無礼な行いを働いたことに繋がりかねない。


「――まずい……」


そこまで思考したアーバン。途端に胸がぐにゃりと押し潰されそうな感覚に(さいな)まれた。

だが後悔していても仕方ない。彼は邪念を振り払うように首を振った。

とにかくリットと椎名を見つけることに全力を尽くすのだ。

自身をそう鼓舞し、一度城下町の方へも足を運ぶことに決めた。

万が一リットと行き違いになってもいいように、寮の管理人に言伝てを頼むことも抜かりなく。


「と、とにかくまだ時間はある! 町の中をうろつけば何とかなるだろう!」


そう溢すアーバンの表情は半ば引きつっていた。

彼はヅカヅカと大股で、昼飯時という時間帯を考慮し、飲食店が並ぶ町の中央区へと向かったのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


――――かくして。

かれこれ二時間は町の中を歩き回っただろうか。


「……見つからん……」


彼は町中で一人、途方に暮れていた。

まだ約束の時間までは数時間あるとはいえ、流石に焦りを隠せない。

このまま何の当てもなく動き回っても、全く見つかる気がしなかった。

このまま街を徘徊(はいかい)し続けたとしても、数十万にも上る人々が暮らす町だ。

全ての場所に赴く事は当然不可能である。

それに一つの場所に留まり続ける筈もないだろう。

行き違いという可能性もあるのだ。

そんな状況下で特定の人物を見つけるなど困難だ。それも二人。


「はあ~……」


アーバンは最早絶望の縁に立たされていた。

この後王女の命令を成し遂げられなかった罪で隊長の地位剥奪まであり得るのではないかとさえ思っていた。

実際そんな事はあり得ないのだが、今のアーバンはかなり悲観的になってしまっていたのだ。

自分は一体こんな所で何をしているのかと。本当に情けなくなってくる。


「仕方ない……一旦戻ろう」


アーバンは彼らが自身の寮に訪れているという事に一縷の望みを抱き引き返すことにした。

騎士寮へと戻り管理人に確認を取るのだ。

アーバンは焦燥感に居ても立ってもいられず、自然と足は早足となった。

町中を、全速力で駆けたのだ。

騎士の全速力ともなれば風のように速く、町の皆が何事かと振り返る。

そんな事には目もくれず、目的の場所目してひたすらに町中を駆けるアーバンであった。

――――その時だ。


「あっ! アーバンさん!」


「リット!?」


不意に掛けられた声に振り向くと、そこにはリットが立っている。

アーバンは思わぬ邂逅に驚きつつもほっと胸を撫で下ろした。

だがリットの方を見て、アーバンは吹き出しそうになった。

一つ、予想と全く違うことがあったのである。

彼は一人ではなかった。

隣には小柄なリットよりも更に一回り小柄な女の子が並んでいる。

お下げ髪の可愛いらしい女の子。

何よりも目を瞠ったのはその可愛らしい少女がリットと仲良く手を繋いでいることだ。

それを目の当たりにしたアーバンは何故か驚きよりも胸に焦りの感情が込み上げる。

だが今はそんな気持ちをどうにかしようとか、うだうだやっている場合ではない。

アーバンは自身の胸の内の事はおくびにもにも出さず、努めて冷静にリットへと話しかけた。


「今お前を探していたところだったのだ」


「え、そうなんスか? 実はオイラもアーバンさんをに会いに行くところだったんスよ? というか騎士寮に行けば会えると思って向かってたんスけど、休みの日に出掛けたりするんスね!」


さらっと失礼極まりない発言をするリットであったが、今は急いでいたこともありその事はスルーすることにした。

とにかく用件を伝えるのが先だ。


「リット、今晩予定を空けておけ」


簡潔にそう伝えるとリットの表情が一変する。


「え!? それは困るッスよ! オイラ今日は久しぶりにメリルちゃんとデートなんスから! 隊長が暇だからって、休みの日までオイラを束縛しないでほしいッス!」


アーバンは即答で否定されてしまい少したじろぐ。

メリルとは言うまでもなく、リットが手を繋いでいるこの少女のことだろう。

名前を呼ばれてぴくりと肩が震えたのが見て取れた。


「え……とな。誘いは私からではないのだ。アリーシャ様からなのだぞ? これは行かないわけにはいかんだろう」


「え!? アリーシャ様ッスか?」


アリーシャ様の名前が出た途端、不機嫌そうな表情がまた一変。

今度はキラキラと目を輝かせていた。

そんな彼の様子にアーバンは若干の苛立ちを覚えながらも話を進めていく。


「ああ、今日の夕方食事会をするようでな。そこに私とリットも出席してくれないかということなのだ」


すると今まで横で黙って話を聞いていたメリルが口を挟んだ。


「リットくん、すごいじゃない! 王女様からの誘いなんて断ったらまずいよ! 私のことはいいから行ってきなよっ!」


「う、う~ん……」


流石にリットも王女からの誘いだということと恋人から勧められたということで、もはや嫌とは言えなかったらしい。

しぶしぶながらも了承してくれた。

しかし王女からの誘いを受けるなど滅多な事ではない。

こんな光栄なことは無いはずなのに、二つ返事ではなくしぶしぶの了承とは。

意外にこの男は大物なのかもしれないなと思いつつ、いや、ただの馬鹿なのだろうと瞬時に考えを改めるアーバンであった。


「しかし……リットにこんな彼女がいたとはな」


メリルの事に触れないのもどうかと思いふと呟きを漏らすアーバン。

するとリットは目を輝かせて身を乗り出してきた。


「そうなんスよ! 長年の猛アタックが実って騎士に入団した時からお付き合いさせてもらってるんッス! 隊長の年まで彼女の一人もできないなんて寂しいッスからね!」


「お……お前な……」


今日のリットは彼女の前で舞い上がっているのか、いつにも増して空気の読めない発言を連発してくる。

休みの日とはいえ、上司に対してこの発言である。

だがそれでも流石にこの場で説教というのは可哀想かと思う。

アーバンは眉根をぴくぴくと震わせながらも何とか耐えてみせた。


「コラッ! リットくん! 隊長さんを困らせちゃダメでしょ! 謝りなさい!」


そんなアーバンを見かねてか、メリルがリットを(たしな)めた。

中々に気立てもよく、よく気づく少女である。リットには勿体ない。


「う……、すみませんッス」


メリルの発言を受けて素直に謝るリット。

ここまで素直なリットの行動を目の当たりにするのは珍しい。相当惚れ込んでいる。


「まあいい……あ、そうだリット。そういえばシーナを見なかったか?」


「え? シーナさんッスか?」


「ああ、あいつにもこの事を伝えるように頼まれていてな」


何故だか分からない。だが何となく急に椎名の事を聞いたのが気まずくて。まるで自分がわざわざ頼まれたかのような口振りとなってしまう。

リットからは目を逸らし、白々しく明後日の方向など見ている。


「あ~、見たッスよ」


「まあそうだよな。分かった……て、何だとっ!? シーナを見たのか!?」


あまりにも予想外の返答に、勢いよくリットに詰め寄ってしまう。

アーバンはリットの首を掴みグイグイと前後に振り乱した。


「ぐ……た、隊長……苦しいッス。手を……放して……くださいッス……」


「あ、す、すまん。つい力が入ってしまった」


手を放すとリットは二、三度咳き込んだ後、しょうがないなあと呆れたポーズを作った。


「は~あ~、しょうがないッスね~隊長は。オイラがいないと何にもできないんスから」


急に得意げになるリットに何故か無性に腹が立った。


「は? 急いでるんだ。早く言え。斬るぞ?」


先程からの一連のリットの態度も相まって、急に堰をきったように怒りの感情が込み上げてくる。

真剣な面持ちで剣を半分ほど抜いたところでようやくリットはやり過ぎた事を悟る。

メリルはそんなアーバンを見て蒼い顔になっていた。


「は、はい! 調子に乗りすぎたッス! シーナさんは西の広場の時計塔の屋根のところにいたッス!」


「――ふむ……時計塔か……」


ギリギリあと一歩のところで空気を読んだリット。

何とか一命は取り留める。

アーバンはというと、次の瞬間には何事もなかったかのように口の端に笑みを浮かべ、リットの横を通り過ぎた。


「じゃあな!」


そう言ってアーバンは走り出す。

全力で走れば時計塔までそうは掛からないはずだ。

しかし時計塔とは、意外である。

あそこは椎名にとっては余りいい思い出が無い場所だと思っていたが。

だがそうだとしたら彼女は今もそんな場所に留まっているだろうか。


「まだそんなに時間は経ってないッスから、たぶんいると思うッスよ~!」


タイミングよくリットの声を背に受ける。

相変わらず察しのいいやつだとアーバンは思う。

自然とアーバンの踏み出す足には力が込められた。

これを逃したら会えないかもしれない。

まだいることを願い、アーバンは風を切り、全速力で時計塔までの道を駆け抜けていった。

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