二日目
魔族との戦いが終わり戦いの後。
アーバンの隊は王や勇者達の介抱に当たり、その後は城内の見回りや損傷部分の修復。瓦礫の撤去などを任された。
その日は結局お昼過ぎまで腰を落ち着ける事は出来なかった。
国の外で戦っていた隊は夜通し戦いっぱなしで魔物の撃退に当たっていたのだ。
彼らは勿論自分達よりもよっぽど疲弊しきっていたのだから、幾ら戦いの後で疲れていようが弱音など吐ける筈も無い。
騎士達にとっては体が動く限りは戦いの後の処理を終えるまで、町の安全が保たれるまでが業務なのだ。
それでも救われたのは、やはり犠牲者が思ったよりも少なかった事だろう。
町の人々は隼人が起こした騒ぎにより、基本皆家に立て籠っていたし、国外で戦っていたのは騎士団の面々だったので、怪我はあれど凶暴化していたとはいえ魔物に後れを取る事も無く、負傷者は多けれど死人までは出なかったのだ。
街の中に出没した魔族も勇者達の活躍により大事になる前に鎮静化された。
唯一気がかりなのは王女のアリーシャがまだ目覚めていない事であったが、激しい戦いによる無理がたたり眠り続けているだけ。命に別状は無いという事で皆安堵の息を漏らした。
結局終わってみれば国は平穏そのものであったのだ。
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比較的被害の少なかったアーバンの隊は、城内の片付け作業を終えて少しの休息を得た後、ついでというか当然のように自分達の持ち場でもあった西の広場の片付けと調査を請け負う羽目になった。
調査とは言っても壊れた壁の修復や落ちているゴミを拾うついでに何か不審な点、気になる事があれば報告するようにと命じられただけなので、それが調査といえるのかは甚だ疑問ではあるが。
「……はあ」
広場に落ちている拳程の瓦礫を拾い集めながら、アーバンは今日何度目かのため息をついた。
隊の面々はいつも生真面目で一生懸命な隊長が、朝からずっと覇気のない顔を見せている事に疑問を覚えながらも声が掛けられないでいた。
皆隊長のことは尊敬しているが、堅物過ぎるが故にフランクには話し掛けられないのだ。
仕事の一環として隊長を敬う言葉を掛けるという手もあるのだが、アーバンはそういったお世辞とも取れるような取り繕った言葉を特に嫌う。
結局の所、隊の面々は未だにこの男にどのように接すればいいのかよく分かっていないのだ。
約一名を除いて。
「アーバンさん! どうしたんっスか!? 朝からため息つきっぱなしじゃないっスか!」
バシバシとアーバンの背中を叩きながらツッコミを入れる。
当然そのツッコミで不意を突かれたアーバンは前につんのめり二、三歩たたらを踏む。
「おっ、お前は何をするのだ!」
「何とは何スかっ! 隊長がずっとそんな浮かない顔してるからっス! 周りの皆も気ぃ使ってんスから、しっかりしてくださいっス! それにいつもの隊長ならこんなの避けるはずっスよ!?」
「む……。そ、そうか。……それは済まなかった」
このように年上で目上の上司だというのにこのリットという男はまるで物怖じせずアーバンに絡んでいく。
普通なら口の利き方やその素行に対し説教を受けても文句は言えない立場なのだが。どうも彼にはそういった礼儀や節度といった類いの話は無縁のように感じられてしまう不思議な雰囲気がある。
勿論時と場合は選んだ上なのと、更にはその人柄で許してしまえているのだ。
アーバン自身もリットのこういった素行には嫌悪というよりむしろ好感を持っていた。
任務の際に彼を自分の手元に置いておく事が多いのも、実力からというよりはアーバン自身やり易いからといった理由が大きいのである。
人柄というのは時にその人にとって唯一無二の重要なファクターとなるのだとリットを見て改めて実感させられているアーバンであった。
「皆! 気を使わせて済まなかった! 私は大丈夫だ。気にせず作業に集中してくれ!」
アーバンの号令により隊の面々は各自振られた作業へと戻っていく。
心なしか皆表情が弛んだように思う。
知らず知らずの内に隊の雰囲気を悪くしていたのかとアーバンは一度反省した。
ふと横を見ると、まだリットがその場に留まりアーバンの顔を覗き込んでいた。
「リット、お前も早く持ち場に戻れ」
アーバンは手をひらひらとさせながらリットを追い払う仕草をする。
だがリットはどういう訳か。ニヤけた笑みを張り付けて更にアーバンに詰め寄ってきた。
「アーバンさん……もしかして……あの人のこと気になってるんスか?」
「は……? は……?」
突然のリットの意味深なセリフにアーバンは明らかに目が泳いで聞き返してしまう。
それを見逃すリットでは無い。
彼は益々嬉々としてアーバンに詰め寄った。
「やっぱりっスねっ!? だってずっと浮かない顔をしてるんスから、さすがにオイラもピンと来たっスよ! そんなに気になるんなら、直接会いに行けばいいじゃないスか!」
「な……何をそんなっ! 用も無いのにわざわざ顔を出すなど! それに……あんな事があって落ち込んでいるに違いないっ。どんな言葉を掛けてやればいいかっ……!」
アーバンはリットの言葉を受けて突然顔を真っ赤にして捲し立てる。
リットはアーバンのその返しに今一得心がいかずポカンとした表情を作った。
「あんな事? 言葉って……幼なじみなんスから別にサクッと会ってくればいいじゃないスか?」
「幼なじみだと!? 何を言っている! あの娘は昨日会ったばかりでっ……」
「へ? オイラが言ってるのはソフィア隊長のことなんスけど……アーバンさんは一体誰のことを言ってるんスか?」
「はっ? ……ソフィア?」
そこまで言ってアーバンは口をつぐむ。
ようやく二人の話が噛み合っていない事に気づいたが、そんな事はもう後の祭りである。
リットは嫌らしく笑みを歪め顎に手をやる。
「はは~ん……。そういうことっスね~。アーバンさんは彼女のことが気になって仕方がない、と」
そう言うリットにアーバンは慌てて手を振り後退った。
「違うぞっ! 私は別に……、シーナの事などっ!」
「あっ! なるほどっ! シーナさんのことっスね!」
「あっ……」
気づいた時にはもう遅い。
リットは悪戯な笑みを浮かべ更にアーバンの方に前進してきた。
元々口ベタなアーバンは話せば話す程自ら墓穴を掘る。
何も言わなければリットに勘づかれる事も無かっただろうに。
簡単に自らの悩みを吐露してしまっていたのだ。
「そっスか~。隊長にもついにそんな日が来たんスね~。確かにシーナさんは美人でしたもんね~。シーナさんのお仲間が魔族に連れ去られて彼女、落ち込んでそうっスもんね~。そんな彼女を少しでも励ましてあげたいと、そんな感じっスか!? でもいつからシーナさんをそういう目で見てたんスか? あ、あの時っスか!? シーナさんを抱き締めた時!」
「おい待て! 話を勝手な方向へ進めるんじゃない! そういうんじゃないんだっ! 私は別にっ……」
リットが夢見心地であれやこれやと想像を始めたものだからアーバンも慌てて止めに入る。
アーバン自身確かにシーナのことが気がかりではあったがリットの言うような邪な気持ちではない。
断じてそのようなことは、無い。
騎士として。
「え? 何照れてんスか。は~……子供じゃあるまいし。いいっスかアーバンさん! 男なら惚れた女をモノにしたいと考えるのは当然のことっス! それが騎士道ってもんスよ!」
「き、騎士道にそんなものは無い! 馬鹿者がっ!」
流石のアーバンも軽々しいリットの発言に眉根を寄せ怒鳴り、掴み掛かった。
だがいつもはやられっぱなしのリットが、今回はアーバンの手を華麗にするりと避わし、後ろへ回ったかと思うとアーバンの耳元で囁いた。
「惚れた女ってところは否定しないんスね?」
「ばっ……馬鹿者~!!!!」
「あ!? アーバンさん!? 抜刀はよくないっス!?騎士道に反しますって~!!」
一難去ってヒストリアはとても平和なようである。




