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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
間章 シルフとアーバンの憂鬱
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一日目

二級魔族であるポセイドンとの激闘から一夜が明けて、時間はすっかり夕暮れ時。

目が覚めた頃はまだ日が真上に位置していたけど、流石に満身創痍(まんしんそうい)だった主がすぐに動き回る訳もなく。

気がつけばこの時間になっていたという訳だ。

起きてから主は風にでも当たりたいと思ったらしい。

観音開きの窓を開けていつものように肌に風を感じていた。

だけどこの時期の日暮れは早い。

外から入り込む風は比較的涼やかな風だ。

流石に寒いと思ったらしく、窓を閉めて再び布団を頭から被り横になっていた。

どうやらまだ動き回る気持ちにはなれないらしい。

単純に疲れきっているのもあるけど、理由は別にあるみたいだった。

風の精霊であるボクは主であるシーナの中で、自身の回復に努めている。

精霊は基本実体を持たない。

普段は精神世界にいて、こちら側に出てくることも出来ないのだ。

こちらの世界で実体を持ち、顕現出来る唯一の方法が人間と契約を結ぶこと。

この世界に転移してきたシーナにボクは数日前に召喚され、色々ありつつも契約関係を結んだ。

そこからいくつかの激闘を乗り越えて、かなりの力を消費しつつも何とか生き残ることが出来た。

魔族の力は予想以上で、本当に厳しい戦いだった。

けれどシーナの頑張りで薄氷(はくひょう)の勝利をものにしたのだ。


「シルフ……ありがとね」


シーナがベッドに横たわりながらボクに改めてお礼を言ってくる。

ボクはシーナの心の中で繋がっているので別にわざわざ声に出して言わなくても伝わるけど、やはりここはきちんと言っておきたいらしかった。

ボクもここは一度シーナの横に姿を現す。


「ううん。ボクも君の頭の回転の良さ、機転の早さには毎回驚かされているよ」


シーナはボクのその行動を別段気にする様子もなく天井を見つめて横たわっている。

ボク自身今はシーナの前に姿を現して彼女の横顔を眺めながら話したい気持ちだった。

そんなことを思っていると彼女も気を利かしたようでむくっと起き上がり、ベッドに座り込んで向かい合わせになる。

シーナはボクの顔を見つめると薄く微笑んだ。


「何かあなたの姿を見るとホッとするわ」


彼女のその柔らかな笑顔とは裏腹に心の中には寂しさが充ちていた。

一人でいたいけれど誰かに側にいてほしい。

そんな葛藤のような気持ちが渦巻いているみたいだった。


「ふふ……そうかい? どういたしまして」


そんなことは気にした風もなくその場でおどけたように廻ってみせる。

ボクが、ボクだけがどうやっても彼女の側を離れられない存在なのだから。

少しでも彼女の気を紛らわせることが出来るのならとそんな行動を取る。

そしてほんの少しそんな自分の気持ちに驚いたりもする。


「ありがとね、シルフ。……でもさ……正直、今回の戦いで自分の力の足りなさを思い知らされたわ」


何だかお礼ばかり。

いつものシーナの雰囲気とは違っていてしおらしくて。

それでまたボクは少し寂しい気持ちになる。

彼女の寂しさが薄れていかないと分かるから。

ボクは少しでも彼女を元気づけようと饒舌(じょうぜつ)になってしまうのだ。


「そんなことはないよ? 君は今回の戦い、すごく頑張った。それに君はまだまだ発展途上。これからもっともっと強くなる。そこまで気にやむことなんてないんだよ」

「だって! ……救えなかった!」


「……シーナ」


突然凪いでいた彼女の心に大きな渦が巻き起こる。

それは自分自身では制御出来ない嵐のようで。

彼女の手は小刻みに震えていた。

ボクはそんな彼女のことを、口をつぐんで黙って見ていることしか出来なくなった。


「……」


何か声を掛けてあげたいけど何を言えばいいのか分からない。

こんな時気の利いたセリフがどんなものなのか。

精霊のボクには分かる訳なんかなくて。

胸が、苦しかった。

シーナは今回の戦いで本当にたくさんの者たちを救ったんだ。

彼女の頑張りが無ければ多くの犠牲が出ていたんだろうと思う。

その功績はそれこそ勇者と(たた)えられてもおかしくない程だった。

けど、たった一つ。

たった一人の大切な友達を救えなかったことが、シーナの心を酷く打ちのめしている。

どうしても救いたかった。

その気持ちが痛いほど伝わって、苦しくて胸が張り裂けそうだ。

こんな痛みは初めてで。

正直戸惑っていた。


「それに……私は今回の戦いで、一度心が折れちゃったのよ。……もちろん皆のためにって思ってそこから立ち上がったけど。……私……怖くて……、これからも折れない自信が持てないのっ……!」


「……シーナ」


ボクは彼女の名前を呼ぶことしか出来ない。

彼女は俯き唇を噛んで。その口の端から少し血が滲んでいた。

その瞳からは今にも涙が溢れそうで。

そんな彼女の表情を見ているだけで、ボクは辛くて悲しかった。


「それに……私は、助かったとはいえ一度あなたを巻き込んで危険にさらしてしまった。私の自分勝手な判断にあなたを勝手につきあわせて、結果自分ではどうしようもなくなって……最低だよね。こんな……」


そこでボクはハッとした。

彼女の言わんとしていることが分かって、彼女の言うことを慌てて否定しにかかる。


「違うんだよシーナ! あれは実はボクも分かってて受け入れたんだ! だからボクは別にシーナの取った行動を責めるつもりはこれっぽっちもなくて! むしろあの選択をしたことに賞賛すら送っているほどなんだよ!」


ボクは主の自暴自棄(じぼうじき)にすらなってしまいそうな心の揺らぎを敏感に感じていた。

だから余計に夢中になって言葉を(まく)し立てたんだと思う。


「え……?」


だから彼女の心の変化や感情を読み取ることは一切お構い無しに話した。

呆けたようにボクを見る主の視線にどんな気持ちか込もっているかなんて考えもしないで。


「ボクはあの時! シーナがクドーの元へ自分自身を投げうってまで飛び込んで行った時! その先の結果がある程度予測出来ていたんだ! ボクは風の精霊。この世界の四大属性、地、水、火、風のうちの一つを統べる者なんだよ。そしてこの四大精霊は自分たちをより身近に感じられるんだ。だからあの時、クドーの中にノームだけじゃなく、サラマンダーもいることに戦いの途中で気づいていた。ただ、ノームと違ってサラマンダーはまだ彼の心の(おり)からは抜け出せていない状態だったんだ。だからあの結界に捕らわれているノームをサラマンダーの力で抜け出させるという考えに至るまでに少し時間が掛かってしまったんだ。けれど、その方法と君のこれから起こそうとしている行動がボクが伝えるまでもなく合っていると感じて。シーナの行動に任せていたんだよ! だから君はそんなに落ち込むことはないんだよっ」


「……は? 何よそれ」


「……っ!?」


ボクはそこで初めて彼女の心の動きの変化に気づく。

今シーナの心は大きな悲しみと怒りに包まれていた。

ちらと向けてくるシーナの視線が痛い。

ボクはそれにズキリと胸を痛ませた。


「じゃあ何? あなたはあの時、私のことを都合よく利用したってこと?」


彼女の憔悴(しょうすい)しきった唇が震える。

そこに溢れる感情にボクはたじろいだ。


「利用って……そうじゃないよ。ボクも君を助けるために必死だった。そんな言い方しないでほしい」


「だってそうじゃない! ……どうして何も言ってくれなかったの!?」


「だからっ! そんな暇がなかったんだよ!」


声を荒げるシーナにつられてボクも少し語気が強くなってしまう。

言ってしまってすぐに後悔した。


「……でもさ……。何も……、一言も言わなかったじゃない。私の心を見てたんでしょ? どんな気持ちだったか……分かってたんでしょ?」


シーナの心がますます疑心暗鬼になっていく。

身体を震わせながらその身を抱き締める両手は震えていて。

彼女の心が薄暗く、夜の闇のように見えなくなっていく。

心を、閉ざしたんだ。


「……シーナ……」


ボクは再びシーナに何も言えなくなってしまう。

確かにあの時、ボクはシーナに勇気を与える言葉を言うことが出来たかもしれない。

彼女ならほんの少しの言葉だけで全てを理解してくれたかもしれない。

例えば大丈夫だから、とか心配しないでとか、ボクを信じて、とか。

それくらいなら言うことは出来たんだ。

あの時ボクは何も言えなかったんじゃない。

シーナの言うとおり何も言わなかったんだ。

沈黙するボクからシーナは上体を反転させて背中を向けた。


「ごめん……しばらく話したくない。あなたの力も使わない」


「……」


そう告げるシーナにボクはこれ以上もう何も言い出せない。

彼女の心模様を察して今はどうすることも出来ないことを悟った。

後にはただ後悔だけが残って、身体から力が抜けていく。

こんなつもりじゃなかったのに。

ボクは俯きベッドに横たわるシーナの背中を見つめながら、彼女から逃げるようにスッと姿を消してしまった。

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