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「くそっ! まだ諦めねえぞっ!」
工藤は全速力で港へ続く道を駆け抜けていく。
そしていつもの砂浜が見えた瞬間、サラマンダーの力を練り、それを開放。青空へ向けて力ある言葉と共にそれを解き放った。
「ドラゴニックブレイズ!」
全力で放たれた炎竜は周りに炎を撒き散らし、暴れ狂う生き物のように高々と空へと昇っていった。
「届きやがれーっ!!!」
それはまるで今の工藤の焦りや哀しみ、そんな感情をそのまま形にしたように煌々と青空を赤く染め上げ、周りにいる者達の視線を集めた。
「……はあっ、はあっ、はあっ……」
相当量のマインドを消費し、その反動で目眩や息切れを起こしその場に倒れ込む工藤。彼は暫くの間空を見上げながら息を整えていた。
周りの人々も驚き慌てふためき、何事かと思いつつ最初は彼の方に目を向けていたが、特に害は何も無いと思ったのか、やがてそれぞれの作業へと戻っていった。
暫くそのまま仰向けになり、青く澄んだ空を見上げ続けている工藤。もうこの国に椎名がいないと分かった以上どうしようもないのだ。
彼にとっては今の技が最後の望みを託したものであった。炎を空高く打ち出した事により、遠くにいる椎名に届くようにと。それくらいしかもう彼が出来る事はないと一縷の望みを託して放ったのだった。
これでどうにもならなかった場合流石に合流は難しくなるだろう。そもそも具体的な目的地も聞いてはいないのだ。追い掛けようにも海ではどうしようもない。
一人この国に残っていてもしょうがないので、そんな事であればアリーシャ達を追いかけるしかない。
「はあ……くそっ」
自然と口からため息が漏れた。せっかく勢い勇んで送り出してもらったというのに。どの面提げて戻るというのだ。
物思いに耽っていると少し離れた砂浜にとすと降り立つ人の気配を感じた。それに直ぐ様振り向く工藤。
「あんたこんなところで何やってんのよ!」
「あっ、わっ……!!?」
開口一番怒鳴りつけられ返す言葉を失う工藤。更に未だ体の自由が利かずまた地に倒れ伏してしまう。砂が工藤の汗ばんだ顔を白く染めた。
何とか起き上がって見れば椎名は一人きり。恐らく風の能力でここまで飛んで戻ってきたのだろう。
狙った通りの結果を得る事が出来工藤は俄に喜んだ。だがそれも束の間、そんな気持ちは彼女の神妙な面持ちによって欠き消される。
「何で戻ってきたのよ!」
腕組みし工藤を睨み付ける椎名。そんな彼女の態度に流石に工藤もむっとした。
「な、何怒ってんだよっ!」
声を上げておきながら思った以上に語気が強くなった事に内心戸惑う。そんな工藤に椎名は一瞬びくっと体を震わせ、それでも工藤を睨み続けた。
「べっ、別に怒ってないわよ! 何? 私が勝手に抜け駆けしたのが気に入らないわけ!? 文句でも言いにきたの? 相変わらず小さい男ね! バカ工藤!」
「なっ!? はあっ!? お前それはねーだろ! せっかく戻ってきてやったのに!」
「はあっ!? 戻ってきてやったって何よ!? 別に私、そんなの頼んでないけど! もういいからさっさと美奈のところに戻りなさいよ!」
「嫌だよ!」
「だから何でよ! 私なんかほっといてよ!」
売り言葉に買い言葉、こうなってしまってはお互い止まりようが無い。
特に椎名はかなり感情を昂らせているように見える。そんな彼女を見て工藤は少し違和感を感じつつ叫び続けていた。
「うるせーっ! 俺はお前をほっとけねーんだよっ!」
「っ……!?」
加速度的にヒートアップしていくかに思われた口論だったが、勢い余って口走った工藤の言葉に椎名は口をつぐむ。
工藤も自分の言った言葉を発した後から理解して、急に鼓動が早鐘を打ち始める。
赤い顔をしながら彼女の様子を伺う工藤。
椎名は後ろ頭を掻きながら工藤から目を逸らした。そして罰の悪そうな表情を作った。
その顔を見て工藤は不安と焦りを感じつつ、落ち着かない気持ちになる。
「あのっ……なんつーか……その……」
打って変わって煮え切らない態度へと変わる工藤。
そんな彼を見て少し落ち着きを取り戻したのか、椎名はふうと小さくため息を吐いた。
そして少し声のトーンを落とし、ポロポロと呟くように言葉を発していく。
「ま、まあ……私、けっこう突っ走っちゃうとこあるし? かといってあんたがいたからどうなるもんでもない気はするけどさ……どうせ美奈の差し金なんでしょ? あんたがどうしてもそれで私について来たいって言うなら……。まあ……仕方ない……かも」
「え? ……いいのか?」
工藤は弾かれたように顔を上げ椎名を見る。彼女は工藤と目が合った途端逸らし空を見上げる。そして今度は黙ってこくんと頷いて見せた。
「そ……そっ……か……」
「ちょっ!? ちょっと工藤くん!?」
椎名に同行の許可を得て気が抜けたのか、そのまま工藤は再び地に倒れ伏す。それを見て慌てて駆け寄っていく椎名。工藤の顔を覗き込むと彼は穏やかな寝息を立てて眠っているだけのようだ。
そんな工藤に椎名は呆れ返る。
「ほんとバカなんだから……どんだけさっきの技にマインド注ぎ込んでんのよ……」
そう言い工藤の頬をぺしっと人差し指で叩いた。たったそれだけの事であったが途端に眉間に皺を寄せ、もにゃもにゃ言う工藤が可笑しくて吹いてしまう。
暫く椎名は一人で声を殺し、お腹を抱えて笑っていた。
やがて彼を肩に抱え、風の能力で沖合いに残してきた船へと向かい空へと飛び立っていく。
工藤の寝顔を堪能しながら優しく微笑む椎名。
「ありがとう……バカ工藤」
日の光が優しく二人を包み込む。これからこの二人の身にどんな冒険が待っているかという事は、今は知る由も無く。
それでも今は穏やかな気持ちでいられる事に椎名は素直に感謝していた。




