5-42
食事会から一夜明けた早朝。
「ふぁ~あ……」
欠伸が口をついて出る。昨日夜更かしをしたのか未だ半目状態の工藤。彼は眠い目を擦りながらある場所へと向かっていた。
昨日の会食の際、こっそりとその場所へ呼び出されていたのだ。
「……ここか?」
辿り着いた場所は工藤自身初めて来る場所だった。大仰な両開きの扉。開けっ放しのその中に足を踏み入れると、まず始めに目についたのは硝子造りの大きなステンドグラスだ。
色取りどりの硝子の中に大きく描かれていたのは、工藤の世界で言う聖母マリアを思わせる長髪の女性。
その下に置かれた台座の上の十字がより一層この場所の神聖さを醸し出していた。
ここはヒストリア城一階にある礼拝堂だ。
その十字に向けて祈りを捧げる一人の女性。その姿は工藤の目から見ても様になっていて、神聖な所業を思わせた。
そしてその行為が昨日今日の思いつきで行ったものでは無いと知らしめるのだ。
工藤の足音に気づく様子も無く一心不乱に祈りを捧げているように見える彼女はとても無防備で、そして儚げで。思わず工藤は彼女の名前を呼んだ。
「フィリア!」
彼の声に別段驚く様子も無くゆっくりと振り返るフィリア。工藤は思わず息を飲む。それはフィリアのその表情が、彼が思っているそれと大きく異なっていたからだ。
それは今までの工藤の記憶の中のフィリアには無い表情。眼差し。
だが彼はその表情の意味するものを知っている。それは強い決意と覚悟を持った眼差しだ。
中学高校とずっとバスケに打ち込んできた彼だから分かる。幾度となく強者と相対する時に見てきたそれと全く同種の眼差しだったのだ。
工藤はゴクリと喉を鳴らした。
アリーシャが昨日美奈達をこの先の旅に誘った時、工藤は丁度フィリアの目の前にいた。そして当然ながらその時の彼女の顔を見てしまったのだ。
それはアリーシャに目を逸らされ、自分が除け者にされたという何とも物悲しい表情だった。
アリーシャは今回の旅にフィリアを連れていくつもりは無いという事は明白だった。
理由は単純。フィリアは足手まといだからだ。
フィリアは多少の補助魔法を使う事は出来る。だがそれ以外は何も無く、魔族に対抗し得る手段は何一つ持っていないと言っていい。
これから魔族との戦いは激化の一途を辿る。
皆自分自身の事だけで精一杯にもなってくる。
そうなるとパーティーを組むにしても肩を並べて戦えるメンバーでないと、結局相手に隙や弱点を作ってしまう事になるだけなのだ。
工藤が呼ばれた理由自体はよく分からないが、何かしらの相談である可能性が高いと思っていた。
だから何とかして諦めてもらう方向で話を進めなければならないと考えていたのだ。今、フィリアのこの表情を見るまでは。
「フィリア……お前……」
「クドーではないか? 何故ここに?」
声に振り向くとそこにはアリーシャの姿。
「アリーシャ? そっちこそ、何でここに?」
「私はフィリアに話があると言われて……」
「おはようございますクドーさん、アリーシャ様」
そんな二人のやり取りを遮るようにフィリアは二人に声を掛けた。
その表情は思っていたよりもずっとすっきりとしていて。先程の眼差しはそのままに、彼女は薄く微笑んでいた。
「おう、フィリア。おはよう」
「……フィリア」
工藤とアリーシャの二人はここに集まったのが何故この三人なのか意図が掴めぬまま、若干戸惑いながら曖昧な返事となる。
「わざわざこんな朝早くお越しいただいて申し訳ありません。ただ、どうしてもきちんと確認しておきたかったのです」
フィリアはそう前置きして、体をアリーシャの方へと向けた。
「アリーシャ様、昨日仰っていた旅に出るという話、私もご同行させてもらえませんか?」
アリーシャはその質問には別段驚いた様子は無い。寧ろやはり来たかという素振りだった。彼女は暫く沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「フィリア……すまないが、お前を連れていくことは出来ない。フィリアにはこれ以上今回のような危険な目に合ってほしく無いのだ。だから分かってほしい」
言葉を選びながら柔らかな口調で話すアリーシャ。だがその意思は固そうだ。
フィリアの願いを聞き入れるつもりは無いと、そう告げているような瞳の揺らめきであった。
だが当然のようにフィリアもそんな事では引き下がらない。そんなつもりは微塵も無いように捲し立てる。
「なぜですか? 私が足手まといだからですか? いつも一緒だったのに。私だって、アリーシャ様を守りたいんです! 私も……、私も連れていって下さい!」
懇願するようなフィリアの視線を受け、だがアリーシャは静かに首を振った。
「フィリア……分かってくれ。私はお前を失いたくはないのだ、大切なものを失うのは……もうたくさんだ」
アリーシャは苦しそうに言葉を紡ぐ。
拒絶されてしまったフィリア。
そんな二人を横で工藤は黙って見つめ続ける。
「……そうですよね。私は弱い。アリーシャ様といても、アリーシャ様の負担にしかなれない。だから連れていってもらう資格なんてない!」
「フィリア……そこまでは」
はっきりと自分で自分のことを卑下するフィリアにアリーシャも引け目を感じずにはいられない。フィリアを大切に思うアリーシャは彼女のその物言いに顔を歪めた。
だがフィリアの次の言葉に工藤もアリーシャも、それはこれから始まる挑戦の序章に過ぎないのだという事を思い知らされる。
「そう、今までの私なら」
「……? 今までの私なら?」
フィリアはそこまで告げると訝しげな表情のアリーシャを残し、ゆっくりと工藤の方を向いたのだった。




