5-41
結局私は落ち着くまで三十分近くも掛かってしまった。
二人でベッドに腰掛けて、美奈は今でも私の背中を擦ってくれている。
本当に面目ない。
私は何だかんだ言って自分のことばっかり。そんな所が嫌になる。
長いため息が漏れて、天井を見つめる。そうやって自分を卑下しながらも、視界が開けたような心持ちになって少し楽になれた気がした。
美奈の前で思いっきり泣いて叫んですっきりしたのかな。
そしたら不思議なもので気持ちも前向きになってくる。
ここからようやく自分らしくやっていけそうな気がしたのだ。
ちょっと前まではあんなに陰鬱とした気持ちだったのに、ほんと女心と秋の空とはよく言ったものだ。はー女の子。私、超女の子。
そんな時ふと美奈と目が合う。彼女の瞳はとっても優しくて。まるで聖母か女神なんじゃないかと思う。
そしてふと素に戻るとさっきまでのことが途端に恥ずかしくなってくる。
「あ……その……美奈ごめん……。あの……私ったら、何やってんだろって感じで……」
目を逸らし逸らし、私は取り繕うように美奈に謝罪した。
けれどそんな私に美奈は優しく微笑んで首を振る。
「ううん、大丈夫だよ? だってさ、私たち今までだってこうやっていつも励ましあってきたよね?」
「……ん……まあ、そうかも」
ちょっと曖昧な返事。そうは言いつつも思い返せば昔から私が一方的に言いたいことを言って、泣いて、励まされて、というだけな気がしてしまったのだ。
そう思いつつ今は細かいことは気にしないでおくことにした。
これ以上恥ずかしい気持ちになるのはごめんだし。あ、でも反省はするわよ。
「あ、そうだ。美奈! もう一つ言っておこうと思ってたことがあったわ」
「ん?」
「あ……え、と」
私は急にここにきて話そうと思っていたことが頭に浮かんできて口を開く。そうしたことでまるで話を逸らそうとしたようになった気がして、私は若干気まずい気持ちになる。
だってまるで恥ずかしい気持ちを紛らわせるために違う話をしようとしてるみたいで。ますます自分がちっぽけな人間だと思ってしまったのだ。というかそんなこと考えてる時点でちっちゃい。まあいいや。
とにかく結果的に話を逸らしたようになってしまい、吃ってしまったけれど、もうそんなことは気にせず話を進めることにした。
「美奈、あの時さ、私を助けてくれてありがとう」
「? ……あの時?」
私の言葉に首を傾げる美奈。
まあそれだけだと情報が少なすぎるから無理もない。
私はシーツを互いの太ももに掛けて、あの時の事を思い出しながら少しずつ言葉を補足していった。
「ほら、ポセイドンとの戦いの時さ。美奈がグレイシーに操られて、それで私に攻撃しようとしたじゃない? だけどさ、結局美奈は私ではなく自分に魔法を放ったんだよね。あの時はすごく悲しかったけどさ、私やっぱり美奈にすごく想われているんだって伝わったきたの。だから本当に嬉しかったの……って、え!? 美奈!?」
不意にシーツから顔を上げ、美奈の顔に目を向けると、彼女の瞳からポロポロと涙が零れていた。
そこでようやく私は余計な事を言ってしまったのだと気づく。この話は美奈に言うべき事じゃなかった。そんな話をすれば嫌でも隼人くんの事を思い出すに決まってる。
隼人くんを自分の魔法で死に追いやってしまったという事実。隼人くんをグリアモールと行かせてしまった事。
それは美奈にとって後悔してもし尽くせないくらい辛い出来事なのだ。それを思い出させてしまい遂に心の防波堤が瓦解した。
美奈の心の傷を私は思い切り抉ったのだ。
「あっ、ごめん美奈! そういうつもりじゃなくてっ!? えっと……泣かせるつもりじゃ!?」
「え? ……私、泣いて……?」
慌てふためく私の言葉を受けて、美奈は驚いたように自分の頬に手を当てる。
その部分が濡れているのを確認して、初めて自分が泣いていることに気がついたようだ。
だけど思い返せばポセイドンとの戦い以降、私の知る限り決して泣いたりすることなどなかった美奈。
それがいきなり涙を流すとまでは思わなかった。
確かに泣く行為自体は人間なのだから全く不思議な事じゃない。けれど私としてはこのタイミングで泣くとか、変な言い方かもしれないけれど今さら感が拭いきれないのだ。
それに美奈はあの戦いで二度目の覚醒をしている。
それによって上位精霊であるオリジンの力を使いこなせるまでに成長したのだ。
心は更に強くなって、隼人くんの件に関しても、それによる心の強さから自分の弱さをさらけ出す行為である泣くということをしないでも済んでいるのだと思っていたからだ。
だけど今、こうやって泣いている姿が見れた。
張りつめた糸がようやく切れて、涙が出たのだろうか。何にせよ美奈にもまだそういう弱さがちゃんと残っていることに少しだけ安心した気持ちになった。
だって悲しい時に思いきり泣けないとか。それ自体がとても悲しいことに思えてならないから。
泣くということはもやもやした気持ちを吐き出すには一番だと思うし、結果的に悪いことではないと思うのだ。だからこれはこれで意図していなかったけれど良かったと思った。
私もついさっき実証したところでもあるし。
「美奈……その、大丈……夫?」
私は美奈の肩に手を置き、下から顔を覗きこんだ。今も涙は後から溢れてくる。
「……うん。大丈夫」
私はそんな美奈を抱きしめた。さっきのお返しだ。
「ごめん。私、何だか本当に気が利かないよね」
泣くこと自体はいいかもしれないとは思うけれど、余計なことを言ってしまったことに変わりはない。
「違うのめぐみちゃんっ! そういうことじゃないの!」
反省の意を示す私に、けれど美奈は思いの他勢いよく返答した。
「え……? 何が……?」
反射的に聞き返す私に美奈は涙を流しつつも笑顔を浮かべる。
「私……嬉しくて」
「嬉しい?」
そんな美奈の発言にますます意味が分からなくなる。嬉しいって美奈は悲しんでるんじゃないの?
嬉し泣きってどういうことなのか。
本当に私は察しが悪いにも程がある。美奈の、親友の言ってる意味が理解できないなんて。
「……私あの時……魔族の力からめぐみちゃんを守れたんだなって思ったら何だか嬉しくて……涙が……涙が止まらないよ……」
そう言いながら今度はさっきとは逆に美奈の方から抱きつかれる。
私はそんな美奈の温もりを感じながら呆けたようになった。
私を守れて嬉しい?
ポセイドンとの戦いの、覚醒以降ここまで全く涙を見せなかった美奈が私の胸の中で泣いている。
だけど実際その中身の部分は私が想像していたこととは全く異なることでの涙だったのだ。
隼人くんを失って。隼人くんを傷つけてしまって。
きっと悲しくて悲しくて今すぐにでも号泣してしまいたいんだと思ってた。
だけどそれは違ったのだ。
美奈は本当は隼人くんのことで思い悩んでなどいない。
隼人くんのことで悲しんでいないと言えば嘘になるかもしれない。けれど美奈は隼人くんのことに関してはすでに自分の中で答えを出している。
それは隼人くんが諦めないことを知っているから。
隼人くんと再び再会するまで自分も諦めないって決めているのだ。
そして今はその事で涙など流している場合じゃないって理解しているのかもしれない。
だから美奈はきっともう悲しいとか悔しいとか、そういうことでは涙は流さないのだ。
だけど私のことは違う。
美奈はあの瞬間に自分の強い意思で私を守った。
そして私の事を自分の命と引き換えにしてでも助けたいと思ってくれていた。
そしてその結果私のことを守りきれたのだ。
だからその安堵の気持ちで今泣いているのだ。
私のことを自分を犠牲にしてでも守りきれたという嬉しさで涙を流しているのだ。
「美奈……」
本当に敵わない。やっぱりこの子には敵わないよ。
自分のためじゃなくて人のために。悲しみの涙じゃなくて嬉しさの涙を流す。
奇しくも結果的に私が美奈の涙を引き出せたのかもしれないけれど。
それによってこの子の心のもやもやを取り払えることになるのかもしれないけれど。
自分のちっぽけな部分が露見して本当に恥ずかしくなる。
私は何て自分本位なんだろう。
「美奈……」
もう一度彼女の名前を呼ぶ。とんとんと背中を軽く叩きながらもう一方の手で彼女の艶やかな髪を梳かした。
そんなちっぽけな自分でも、今は美奈のために精一杯震える背中を抱きしめて温もりを確かめ合うのだ。




