第5章 それぞれの決意 5-40
――その日の深夜。
私は美奈の部屋の前に来ていた。
やっぱりどうしても一度しっかり話をしておく必要があると思ったからだ。
それと今、私が思っていることを打ち明けるのはやっぱり最初は美奈がいいと思っていた。
ふうと小さく息を吐きだし、軽く握った拳を扉の前に。コンコンと部屋のドアを二回ほどノックする。
「――はい?」
返事はすぐに返ってきた。
どうやらまだ寝てはいなかったらしい。
「美奈、私。あの……ちょっと、い?」
「あ、めぐみちゃん。開いてるよ? 入って?」
私はするりと中へと体を滑り込ませる。
それとほぼ同時。部屋の灯りがついた。
横を見ると丁度電気、もとい。魔法の灯りのスイッチの近くに美奈がいて、ほんの少し目が合う。
窓は開いていてカーテンが波のように揺らめき、心地よい潮風がそこから入り込んでいる。
「星でも見てたの?」
「あ、うん……ちょっと、ね」
私も今いる場所の隣の部屋を使っているけれど、そこと全く同じような部屋だった。
まっすぐ進んで部屋の窓際に設置されているベッドに腰掛ける。
ふと美奈の方を見ると、あっちも私のことを見ていたようでもう一度目が合った。
私たちはそのまましばらく見つめ合っていた。
何だかとても、久しぶりな気分だ。
ずっと何週間も顔を合わせていなかったんじゃないかっていうくらい、美奈の素の表情を見た気がした。
「あ……話があるのかな?」
美奈は私から視線を逸らして、それからそのまま窓際にもたれ掛かった。
私はもう一度立ち上がると、美奈の隣まで行き彼女の目を見る。
「美奈、ちゃんとこっち向いて」
私はそこから更に一歩前へ。
美奈と顔を付き合わせておでこを当てた。
嫌でも目が合う距離だ。なのに彼女の瞳は左右に揺れて、決してこちらを見ることはなかったのだ。
「めぐみちゃん、どうしたの? 何か変だよ?」
「変なのは美奈の方でしょ!? 分かるよ? 辛いんだよね? じゃあ我慢とかしてないで辛いって言えばいいじゃないっ。そんなあなたを見てるとこっちも辛いのっ」
語気かほんの少し荒くなる。
別に責めたいわけじゃないのに。バカだよ私。こんなの。
私がここに来た理由の一つは、美奈がずっと無理をしていると思ったから。
なのにこんな、責めるみたいな言い方。優しくない。
でももう言ってしまった。言うだけ言う。
「美奈、きちんと本音を聞いておきたいの。ここまでずっと取り繕ったような笑顔で周りに気を使ってさっ。すっごく無理してるじゃん! 本当の気持ちを隠して気を使っていい顔見せ合って。そんなの仲間じゃない! 友達じゃない! こんなの悔しいよっ――」
そこまで言ってようやく気づく。
そっか、私、悔しいんだ。
自分が美奈の力になれていないことが、すごく悔しかった。
そう思うと泣きそうになってきちゃって。私は一度美奈から目を逸らした。
彼女はそんな私の手を取りようやくこっちを見つめてくれたっていうのに。
「……ごめんね、めぐみちゃん。でもね? どうしたらいいか分からないの。隼人くんは諦めないって言ってた。だから私も絶対に諦めない。隼人くんを絶対に助けるんだって思ってる。それだけは決めてる。そう思ってたら力が湧いてくるの。だけどね? 心にあるもやもやがどうしても消えなくて。自分では普通にしてるつもりなんだけど、私きっと、何だか不自然なんだよね?」
美奈の表情は優しくて、女神みたいな微笑みで。でもね、とっても儚げで。
そんな彼女を見ているだけで、私は胸が締めつけられて、どうしようもないくらい苦しくて。
そんな想いを吐き出したくて、美奈を思いきり抱きしめた。
「めぐみ……ちゃん?」
「ごめんっ。ごめん美奈! 私っ……悔しいよっ!」
泣きたいのは美奈の方なのに、私は彼女の温もりに包まれながら、泣いてしまう。
「すっごく頑張って……それこそ今までの人生で一番じゃないかっていうくらい考えて考えて、魔族なんて絶対返り討ちにしてやるつもりだった! ……だけど――だけどさっ、結果はそうじゃなかった! やつらは私一人の力なんて簡単に押し流してしまって、どうしようもないくらい絶望に打ち震えてっ……! 怖かった!!」
美奈は私の頭を優しく撫でてくれた。
自分でもこんなの馬鹿だなって思う。
結局美奈の優しさに甘えてしまっている自分が本当にわがままで自分勝手で、どうしようもない。
「――だけどっ、だけどさっ。みんながいるから、守りたい仲間がいるからそれでも頑張ったんだよ! ……その結果最後の最後でとうとう守りきれなかったっ……! 結局は隼人くんに守られて! ううん、美奈だって、工藤くんだって、アリーシャやアーバンさんだって私を守ってくれたのよ! 私は私っていう人間が今本当に情けなくて! ……もう……やだよ……」
私は美奈を抱きしめながら、どうしようもない胸の内を吐露して。
気づいたらその声はただただ嗚咽に変わっていた。
美奈は私の背中をさすりながら黙って抱きしめてくれている。
彼女は本当に強くて優しい。
美奈を慰めたいはずなのに、結局私が泣いてしまって。本当に私はどこまで弱いんだろうって思いながらそれでもどうすることも出来なくて、また美奈に甘えてしまっている。
「めぐみちゃん……ありがとう。大好き」
耳元で囁かれる美奈の優しい声。
「――う……私だって大好きだよぅ……美奈……うわああああっ!!」
私はそこで我慢しきれなくて、とうとう声を上げて泣いてしまった。
慰められたのは私の方だ。何て格好悪いんだろう。
私は美奈の優しさが大好きだ。
美奈の温かさが大好きだ。
美奈の心を守りたいけれど、本当の意味で彼女を守れる人は、今はどこかへいなくなってしまったのだ。




