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海岸の潮風をその身に受けながら、目を閉じ意識を自身の内へと集中。
自身の中に在る精霊、ノームとサラマンダー。
その二つの精霊の力を同時に引き出す方法。
起きてから今まで工藤はそれを模索していた。
この場所で先日、ポセイドンが作り出した大津波を退ける時に放った技。
『グランドドラゴニックブレイズ・ブルーインパルス』
それをもう一度と思っても何故かあの時以来出来ないでいたのだ。
元々色々な事を深く考える性格ではない彼は、一体それをどうやったのか。理論立てて考える事は勿論、その感覚すら思い出せなかった。
あの時はとにかく必死で、皆の役に立ちたくて、ただその事だけを考えていた。
そういう事であれば実際ピンチな時、とにかく必死にならざるを得ない状況時。そういった場合には結果的に力を発揮出来るのかもしれない。だがそんな曖昧な力を当てにしてこれからの戦いに身を投じるなどという事は自殺行為だ。
それくらいは工藤も充分承知していた。
だから今、比較的時間に猶予のあるこのタイミングに是非ともこの技を、この力の使い方をマスターしておきたいというのが彼の本音であった。
工藤は一人、砂浜に倒れ込み空を見上げる。澄みきった青い空は今の彼の心を嘲笑うかのように果てしなく何処までも広がっているのだった。
「……ちくしょうっ!」
不意に口からついて出た言葉。
その言葉を発した自分に気づき、そこで彼は自分が悔しいのだと自覚する。そして今は何処かへ行ってしまった友達に想いを馳せる。
肝心な時に気絶し、寝て起きたら全てが終わった後だった。自分はなんて格好悪いのか。何も出来なかった。
それどころか悔しがる自分に美奈は工藤がいてくれたからこの国を救えたと笑って言ってくれたのだ。
そんな自分が情けなくていてもたってもいられなかった。
「くそっ!! 一体何だってんだよ!!」
「あっ!? す、すまない! 邪魔をしてしまった! 後にする!」
「あ!? え!?」
起き上がった瞬間、いつの間にか目の前にアリーシャが立っていた。
工藤がいきなり叫びだした事で間が悪かったと勘違いをしたのだ。直ぐ様踵を返し城の方へと戻って行ったしまった。
「ちょっ!? ちょっと待ってくれアリーシャ! 違う! 違うって!」
慌てて追いかける工藤。
直ぐに追い付くつもりが、何故か全速力のアリーシャは最早豆粒程の大きさとなっていた。流石騎士だけあって動きが速い。
去っていこうとするアリーシャを引き止めるのは一苦労であった。
「はあっ……、はあっ……、やっぱアリーシャすげーな……」
「す、すまない。私とした事が、勘違いをしてしまって……」
ようやく彼女を海岸へ連れ戻し、砂浜に腰を据える二人。ここに連れ戻すまでアリーシャを見失わないようノームの感知まで使った。息を切らす工藤を見て申し訳無さそうにするアリーシャ。
「で? 話があったんじゃねえのか?」
息を調え、改めてアリーシャの用件を問う。そこでようやく彼女は思い出したように話し始めた。
「ああそうだっ。 今日の夕食を皆でどうかと思ってな。話したい事もあるのだ」
「あ? そういうことか。もちろんいいぜ?」
ようやく捕まえて話を聞き出せると思ったらそんな事で工藤は若干拍子抜けする。それくらいお安い御用だ。
「そうか、良かった。では夕刻また呼びに行くのでその頃には部屋にいてくれ」
「わかった」
「……それじゃあ、また後で」
それだけ告げて再び城へと戻っていこうとするアリーシャ。
あれだけ苦労したのに用件が短くて若干拍子抜けしてしまう。そんな矢先、アリーシャに伝えようと思っていたことがあったのを思い出した工藤はもう一度声を掛けた。
「あっ! アリーシャ!」
「うん?」
振り向くアリーシャ。
「その……フィリアが無事で良かったな!」
「……クドー……」
工藤からしたら何の気無しに掛けた言葉だった。せっかくのアリーシャからの声掛けにたった二言三言です終わらせてしまうのは勿体無いとかそういった軽い気持ちの。
だがアリーシャの反応は工藤の思っていたものとは違っていた。彼女は素直に喜ぶ事も無く、寧ろ申し訳無さそうな表情を浮かべた。
アリーシャは再び工藤の前に戻って来て立ち止る。そして俯き右手で左手を掴み握り締める。
「アリーシャ??」
「私は……悔しい」
不意に呟く彼女の手は小刻みに震えていた。
「大切な仲間を救う事が出来なくてっ……、自分の不甲斐なさにどうにかなってしまいそうだっ!!」
工藤は一瞬フィリアは救えただろうに、などと思う。だが直ぐに彼女の言っている意味に思い当たる。
彼女が言う仲間とはフィリアの事では無い。当然隼人の事なのだと。
アリーシャは異世界から来た自分達を心の底から仲間だと思ってくれているのだ。それこそ幼い頃から共に過ごしたフィリアと同等に。だから今もフィリアを救えた事よりも隼人を救えなかった事を嘆いているのだ。
「私はどうすれば良かったのだ! 私はハヤトに助けられフィリアを救う事は出来た! だけど! だけどハヤトがいなくなってしまっては意味が無いではないか!」
「っ!!」
アリーシャは工藤の胸に飛び込み声を上げて泣いた。それはまるで幼い少女のようで。工藤は優しく彼女を抱き締める。
工藤は自分の馬鹿さ加減に呆れた。
フィリアを救えた事を素直に喜んでほしいなんてしょうもない気遣いをしてしまった事を恥じた。
そしてアリーシャも自分と同じ気持ちだった事に素直に感謝したのだ。
アリーシャも工藤と同じくらい悲しんでくれている。本当に仲間だと思ってくれている。
そこに世界の隔たりとか、付き合いの長さとか、そんなものは関係ないのだ。
「アリーシャ、ごめん」
不意に謝る工藤に顔を上げて睨みつけるアリーシャ。
「なぜクドーが謝る。謝りたいのは私の方だ!」
アリーシャに詰め寄られ、工藤は若干たじろいだ。それはアリーシャの言葉によるものでは無い。そういった事は綺麗さっぱり忘れ、吹き飛んでしまう事態が目の前で起こっているのだ。
「あ、アリーシャ! その……何だ。……近い!」
「え……?」
アリーシャのその涙で潤んだ顔があまりにも可愛くて近くて、健全な男子高校生である工藤は完全に素に戻ってしまっていた。
しかもどさくさに紛れて肩を抱いたりしている事も手伝い、心臓は早鐘を打ち爆発してしまいそうな程であった。
「うわわあっ!?」
ようやくアリーシャも事の大事さに気づいた。顔を赤らめながら物凄いスピードで工藤との距離を取った。
「と、とにかく! 用件は伝えたからなっ! 私は戻る事にする!」
それだけ言い、全く工藤の方を振り返る事も無く走り去っていくアリーシャであった。
「か……可愛い……」
砂浜で一人佇む工藤は暫くの間アリーシャの感触を振り返っていた。




