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「だ……大丈夫か?」
「な、何よ急に! 乙女の時間に土足で上がり込んできて! びっくりするじゃない!」
声の主に目を向ければそこにはアーバンさんが立っていた。
彼とは先日の戦い以来ちょこちょこ顔を合わせており、今や完全に顔見知りのような間柄になっている。
まあ共に死線をくぐり抜けたのだから最早友達と言ってもいーんじゃなかろうか。
ほら、思いっ切り殴り合いの喧嘩とかしたら最後にはお互い力尽きて空見上げながら「おめ~つえ~な~」とか言いつつ友情が芽生えちゃったりするやつあるよね? あんな感じ。
そんな親友であるアーバンさんは私からの抗議の声を受けて、吹き抜けの窓から身を乗り出して私を見上げながら申し訳なさそうにしていた。
「あ、いや、何度呼んでも気がつかなかったからな。つい語気を荒げてしまった、すまない」
どうやらいきなり大声を上げたという訳では無いらしい。
そう言われると何度か声を掛けられた気がしないでもないでもない。
ついつい考えに耽ってしまっていて全く気がつかなかった。
「あ、いや。別に謝らなくてもいーわよ? ……で? 一体こんな所まで来てどうしたの?」
視線を逸らし逸らししつつ何でしっかりこっちを見てくれないのか不思議に思いながら、先ほどから小さくなっているアーバンさんに対してほんのちょっぴりの優越感が湧き起こる。
あ、いや、もちろん申し訳なくも思ってるわよ?
だけどこの人当初の印象とはだいぶ違っている。
こんなに気弱そうな人だっただろうか。
どちらかというともっと堂々としていて、言いたいことははっきりと言うタイプの人だと思っていたのだけれど。
私は屋根から身を移し、一旦下に降りてアーバンさんと向き合った。
やっぱり私の方をチラチラと見ては視線を逸らす。
心なしか後退ったようにも思える。
ほんと一体何だというのだ。すごく違和感がある、どころか挙動不審でこれが私たちの世界なら女子高生をそんな目で見て警察に突き出すところだ。
「あ、ああ。アリーシャ様からの伝言を伝えに来た。今日の夕食、皆でどうかということらしい」
「え? そうなんだ。……あ~、皆目覚めたしね。うんわかった。オーケーだよ」
やっとまともに口を開いたと思ったらそんな内容だった。
どうやらアリーシャからの伝言を伝えに来てくれたらしい。
ここにいるとは基本誰にも言ってないから探すのは一苦労だったかもしれない。
皆には行く場所を伝えるべきだっただろうかと若干申し訳ない気持ちになる。
まあ一人になりたかったのだから、あんまり誰かに来られてもそれはそれで微妙なのだけれど。
「そ、そうか。では私から伝えておこう」
「あ、うん。でも何か悪いし私から伝えに行くわよ? そっちも色々あるだろうし」
「あ? そ、そうか。……ならそうしてもらおうか」
戦いは終わったとはいえ、今回騎士団が一番被害を被った。
凶暴化した魔物たちを討伐するためにかなりの苦戦を強いられたのだ。
いつもと勝手が違う魔物の群れとその獰猛な戦いぶりに手を焼いたらしい。
一時は形勢もかなり悪く、魔物に押しきられてしまうのではないかという所にまで追い込まれたらしい。
けれどそのピンチに思わぬ援軍が現れたのだ。
ライラの部隊の騎士達だ。
ピスタの街での戦いの際に、ライラは単独行動を取っていた。
てっきり行動を共にしていたはずの自分の部隊の騎士達は自身がその手にかけたものだと思っていた。
けれど実際はそうじゃなかった。皆道中で野営の際に眠らされていたのだ。
その後目を覚ました騎士達は遠くで魔物の群れの声を聞きつけた。
そこから慌てて馬に乗って引き返し、魔物の群れの後ろから攻撃を仕掛けたという訳だ。
思いもよらず挟み撃ちを受けた魔物の群れは、元々統率も取れていない烏合の衆ということもあり、崩れる時はあっという間だったということだ。
幸い死者は出なかったらしいけれど、それでも怪我人は多く、魔法で治せるとはいえ魔力にも限界がある。
結果的にほぼ三日間、治療に時間を擁したのだとか。
今日になってようやく町の復旧や怪我人の治療など、ヒストリアは落ち着きを取り戻したように思えた。
アリーシャが食事会を開くと言ったのもそういうタイミング、ということなのだろう。
けれどそんな話を聞くとますますあのライラという魔族、自分の部下たちやアリーシャに対してやはり特別な感情を抱いていたのではないかと思わされる。
魔族に感情は無いようなことを聞いていたのだけれど、三級以上の魔族に関しては全く当てはまらないのではないだろうか。
そもそも人間の魔族に対する情報のほとんどは四級以下の魔族のものなのだろうから。
これからは考えを少し改める必要があると感じていた。
「……」
「……? どうしたのよ? まだ何かあるの?」
ふと見るとアーバンさんがまだ目の前に残っていた。用件は済んだと思ったけれど、中々立ち去ろうとしない。
彼はずっと私からは目を逸らしながら落ち着かない様子でそわそわしているように見えた。さすがに変だ。変すぎる。
「あっ、あのなっ! 私はお前に感謝している!」
「へ?」
感謝? 私の思考を遮るような突然のアーバンさんの物言いに、拍子抜けな声を上げてしまう。この人の口から感謝とか、一体何事だろうか。
「っ……あ、あの戦いの時は散々酷い事を言ってしまったような気がするのだが、結局の所お前がいなければ私を含め私の隊の面々は今この世にはいなかっただろう! 言わばお前に命を救われたのだっ! だっ……だからっ! この国のために戦ってくれたお前を誇りに思うと同時に、何か困った事があれば必ず力になる所存だ! そ、それだけだっ! 分かったなっ!」
「……は……はい」
アーバンさんは必死な顔で一気にそれだけ捲し立てて、逃げるようにこの場から去っていってしまったのだった。
私は呆けたようにその場に立ちつくす。何だか後ろから見えた耳が少し赤かったような気もする。
「ほんと……なんなのよ」
もう見えなくなってしまった背中を思いだし、そう呟く私。
最初は呆けてしまった私だけれど、彼のその言葉の真意を考えるとほんわかとした嬉しい気持ちになったのだ。




