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今大広間の中にはグリアモールと隼人、そして美奈の三人だけ。先程までの激しい戦いが嘘のように静まりかえっている。
そんな中グリアモールが放った言葉が妙に通り、美奈の頭の中でリフレインしていた。
「……何を……言っているの?」
グリアモールの言っている意味が理解出来ず間抜けな返答をしてしまう。いや、正確には理解する事を拒絶しているのだ。
そんの美奈の様子を満足そうに見つめながらもう一度先程と同じ言葉を紡ぐ。
「ククク……。もう一度言おう、ミナ。私はそこにいるハヤトをもらい受けに来たんだよ」
心底嬉しそうな声色。
そして二度言われた事で、少し冷静になった美奈の頭はその言葉の意味を丁寧に咀嚼した。
「そんなの……だめに決まってるでしょう?」
怒りとも恐怖ともつかない感情が美奈の心を支配する。自分自身でもこの感情の正体はよく分かっていない。ただ彼女の発した声は酷く掠れていた。
「ククク……。だめか。残念だなあ……。そんな事を言われたら、力ずくで連れていかなくちゃならなくなるじゃあないか。私は戦うつもりはないというのにさ。ククク……」
その言葉を皮切りにグリアモールの雰囲気が少しだけ変化した。
とは言ってもそれ程大きな変化という訳では無い。
ポセイドンの時にような禍々しい黒いオーラが立ち上る訳でも無い。
注意して見ていないとその変化にすら気づけないような。そんな微かなだが確かに今さっきまでとは明らかに違うと感じる、グリアモールのその雰囲気に美奈は頬から一筋の汗を流す。
「隼人くん! この部屋から離れて!」
「……美奈?」
美奈は反射的に叫んだ。グリアモールはまだ何も動きを見せていない。隼人自身もグリアモールに対し美奈程の焦燥感は生まれていない。
ただ美奈だけが今グリアモールの微妙な変化にどうしようも無い程に嫌な予感に包まれたのだ。
「ほう……? ミナ……正しい判断だ」
そんな美奈の様子にグリアモールは感心したように声を発する。
そんなグリアモールに胸が気持ち悪くなり、もう攻撃せずにはいられなかった。
「ライトニング・スピア!」
咄嗟にグリアモールへと向けて放つ無詠唱からの光魔法。
大きなダメージにはならなくていい。光速の魔法により不意をつき、相手の動きを鈍らせるのが目的だ。
「ライトニング・ギャロップ!」
続け様に補助魔法を隼人と自分自身へと掛けていく。これで二人共に簡単には捕まらない筈だ。
「美奈、無理はするな! 私も一緒に戦うのだ! こいつは私達が思っている以上に不気味な存在なのだ! いくら美奈がパワーアップしているといっても一人で立ち向かうのは危険なのだ!」
隼人はそう言いつつ手からエルメキアソードを出現させた。背中にはバルもいて、グリアモールの隙を伺うように睨みつけている。
美奈は焦った隼人の声を聞いて逆に冷静になる。
守るべき存在というものはどんな時であっても、いや、窮地に立たされた時程力を与えるものなのだ。
いつも守られてばかりだった美奈。だが今は精霊オリジンとの契約を果たし、二度目の覚醒を経て相当に強くなった。
今度は自分が彼を守るのだと決意を新たにグリアモールを見据えた。そして小さく一つ息を吐き、一歩前へと踏み出した。
「隼人くん、大丈夫。今度は私があなたを守るから。少し離れてて」
「美奈、しかしこの魔族はおそらく相当の手練れなのだぞ? 以前戦った時は正直まだ未熟で気付く事が出来なかったが、グリアモールは今まで私達が戦ったどの魔族よりも強い」
隼人にはグリアモールの中の黒い靄が今まで出会ったどの魔族よりも強大で力強い事を見て取り、先程戦ったポセイドンよりもずっとヤバい相手だという認識を持っていた。
「うん、わかってる。それでもだよ。もうまともに戦えるのは私だけだもん。グリアモールが強いのは何となく分かる。けど、私は戦うよ。今度こそ隼人くんを守らせて?」
諭すような柔らかな笑顔。
隼人は美奈が一度決めた事を簡単に曲げない性格だという事は解っていた。そして今の自分では恐らく足手まといになるのだという事も。
「……分かったのだ美奈。だが絶対に無理はするな」
「……うん」
隼人は半ば諦めたようにそんな言葉を残し美奈から距離を取った。
美奈はそれを確認し、改めてグリアモールに向き直ったのだ。




