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「何とか……切り抜けられたようだな」
「そうだね」
一時はあれ程焦燥感に駆られたが、終わってみれば余りにも呆気無い終焉であった。少しだけ拍子抜けした感は否めないが、やはりそれは美奈の能力がそれだけ秀でている証拠なのだろうと思う。
時を操る能力。
まだまだ私自身もよく分かっていない部分も多いが、この能力があればまるで奇跡と思えるような事も簡単に起こしてしまう。
これからもこの力は私達を様々な窮地から救い出してくれると確信していた。美奈はこの短期間で本当に成長した。最早私達の中で中核を担う力を得たと言っていいだろう。能力の汎用性も高く、これからの戦いを有利にしていく存在である事は間違い無い。
そんな事を考えながら、広間に続く静寂にそろそろ警戒も緩んできた。
ホプキンスが今の状況を見ていて把握しているという事も充分に考えられるが、最後のホプキンスの口振りからするともうここを離れたのではないかと思うのが妥当だ。ならば流石にもう大丈夫だろう。
「これでようやく終わりじゃな?」
「うん、……そうだね!」
バルも戦いの終わりを感じ、それに美奈が応える形で笑顔を見せる。私も二人の様子を見て少しだけ心が軽くなった。
「……ああ、終わったのだな」
二人と目を合わせ安堵の表情を浮かべる。そしてそれと同時にどっと疲れが押し寄せる。
今回はピスタの街の時のように倒れるような事は無いが、とにかく早く休みたいものだ。
私はふとポセイドンが灰と消えた場所へと歩いていった。そこにはホプキンスがポセイドンに使用した魔石が落ちていたのだ。それを拾い上げると拳程の大きさで、黄色い色をしていた。
価値的には赤、青、黄と三番目に高価な物となる。
ヒストリア迄の道中で黄色い魔石を落とした魔物はケルベロスくらいのものだ。
しかも恐らくあれはグレイシーが連れてきていたようなので、元々この国の近辺で出現する魔物ではない筈だ。
そうすると黄色い魔石を手に入れる為には国外に行く必要がある。
まあポセイドンと繋がりを持っていたのならばそれぐらい簡単に手に入ったのかもしれないが。
ホプキンスはこの魔石をポセイドンに近付けることによって先程の現象を引き起こしていた。
これは私の勝手な想像だがホプキンスはポセイドンと組んで色々と研究をしていたのではないだろうか。魔石を使った様々な効果を。
今回はその実験のようなものだったのかもしれない。
そしてその結果を活かしこれからの戦いにその研究の成果を再び投入してくるのではないだろうか。
何にせよその情報を抱えているホプキンスに逃げられてしまった。これからも度々邪魔をされるのは間違い無いだろう。
私はその事を考えると少し憂鬱な気持ちになってしまう。
まだまだ旅は始まったばかり。先は長いというのに本当に先が思いやられる。
とにかくこの魔石は魔石自体にそのような効果があるのか、はたまたそういう処理を魔石に施していたのかは分からないが、ここに置いておくよりも自分で持っておいた方が良いと思った。
「それ……魔石?」
美奈が私の後ろから手の中の魔石を覗き込んで呟いた。
「ああそうだ。ホプキンスが持っていた物なのだが、取り敢えず持っていこうと思う」
そう言って私は魔石を懐へとしまう。
「とにかく戦いは終わった。ホプキンスの動向が気にはなるが一度皆を休ませよう」
今は一度傷ついた体を癒すべきだ。
私と美奈を含め、余す事無く全員満身創痍なのだから。
「うん、そうだね。王様や、王妃様、フィリアも心配だし」
私達は大広間の入り口へと歩いていく。
先ずは廊下に寝かせている皆を介抱してやらねばならない。出来れば先程アンガス王を連れていった騎士達と合流したい所ではあるのだが、近くに気配を感じない。安全を帰して遠くへ行ってしまったのだろうか。
「……???」
その時、私の肩に何か水滴のようなものが落ちるのを感じた。
ポタリ。そしてまたポタリと。
不規則に落ちるそれに違和感を感じながらも何の気は無しに肩に触れる。するとそこにはぬめり気を帯びた感触があり不意にそこに触れた掌を見た瞬間私は固まった。
「隼人くん?」
やや後ろを歩いていた美奈が急に歩を止めた私を不思議に思ったのか声を掛ける。そして私の手を見て同じように固まる。
私はこの現象に嫌な思いしか無いながらも、ゆっくりと視線を上へと向けようとした。
「こんな……」
私より先に視線を上へと這わせた美奈の呟きの終わりと共に、私の直ぐ近くに何かが落ちてくる音がした。
ドサッ、と。
先に視線をそちらへやると、そこには先程私達を嘲笑うように姿を消したホプキンスの変わり果てた姿があったのだ。
最早完全に事切れている。口を大きく開けたまま阿鼻叫喚の形相で。私達を散々苦しめてきたこの国の大臣の、余りにも呆気ない最期であった。
そしてホプキンスにこんな末路を迎えさせた相手というのは、美奈の視線の先にいる者だ。
「ククク……久しぶりだねえ……予言の勇者たち」
相変わらず表情が無い異質な身体。笑う声が不気味に響き渡る。
「……生きて……いたのか」
「ククク……勝手に殺さないでくれよ」
私がネストの村で倒した筈の魔族。グリアモールが不敵に佇んでいた。




