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激しい攻防の中ポセイドンは思案していた。
ポセイドンとしては椎名や隼人の攻撃を受ける事自体は自身の融合している人間であるフィリアがいる以上、駄目だとは思っていない。
そう考えるが故に当初は防御は無視し攻撃だけに集中していた。だが実際隼人達はポセイドンの攻撃を凌ぐので精一杯。ほぼ彼らが攻勢に転じる事は無かった。事は完全に自身の有利に運んでいると思えた。
だが本当にそうか。目の前の三人は今本当に劣勢に立たされているのか。そんな疑問が脳裏に過る。
彼らの目的がフィリアを救い、自身を倒す事であるのは既に分かっている。
ポセイドン自身がもし攻撃を食らう事になったとして、それはそれで面白い。だがそれを切っ掛けに何か糸口を作ってしまわないか。
だが彼らは皆既に満身創痍。元々矮小な存在の人間ごときが何か出来る訳が無い。
人間とはポセイドンにとってはただただいたぶり、蹂躙するためだけの存在。そんな心配をする程の生き物では無いのだ。そうは思いつつもポセイドンは用心深い魔族だった。
そこから更に自問自答していく。
だが本当にそれでいいのだろうかと。
明らかに無謀な戦いを挑んでくる人間達が、ただ単に無策とは思えない。
それに先程からこの人間達には驚かされる場面が多々あった。
自分の予想や想像を越えてくる力を持っている。
時間さえあれば互角のように見える今の形勢もやがて更に自分に傾き始めるのだろうが。果たしてそれで確実に勝てると言い切れるのか。
だか結果としてポセイドンは今の選択を覆す事は無かった。
彼は魔族として人間を見下している。そして自身の力に自信を持っている。こうしてここまで用心する事は魔族にとって恥であると、そういう想いがポセイドンの判断を鈍らせる。自分は優勢だ。このまま行けば楽に勝てるだろうと。
この五百年、人が魔族と関わって来なかったという事は魔族が人と関わって来なかったという事と同意。どんなに脅威と感じようと、所詮人という生き物は魔族にとって家畜でありゴミ以下の存在であり、ポセイドンの中ではそれ以上の価値には転じ得ないのだ。
その結果ポセイドンの中で人間がどんな方法を取って来ようとも、自身の力を越えて来るなどという事はあり得ないのだという考えに帰結する。これがとんでもない驕りだという事に気づかずに。
「行くわよっ!! はあああああっ……!! エンチャント・ストーム!!」
椎名が気合いと共に両手に今日何度目かの暴風を纏わせた。自身に近づく氷刃の全てを受け流すべく彼女の風は荒ぶった。
そして今まで一進一退の攻防を繰り広げていたが、多少の負傷は仕方無しと一直線にポセイドンへと向かって行く。覚悟の特攻である。
「バル! 援護するぞっ!」
『うむなのじゃっ!』
隼人も椎名の想いを察し、彼女を守り切るべく一層マインドを斬撃に集中させる。
だがそんな彼らの捨て身とも思える攻撃すらポセイドンは嘲笑った。
「笑止!」
「っ!!?」
この時を待っていたとばかり、今まで出していた氷刃の更に数倍の量の氷刃を出現させ、更にその全てを椎名へと向けた。
こんな瞬間を狙いまだ余力を残していたのである。均衡を破るべく集中放火の氷刃が椎名に迫る。
「ストーム・バレット!!」
「秘剣・五月雨!!」
二つの技が重なり合い、刃と暴風が目の前に迫る夥しい氷刃を迎撃していく。
しかしそれでも足りない、その内の半数に満たない量の氷刃が、技を飛び越え椎名の致死量には十分過ぎる速度と量で彼女の眼前に迫った。
椎名は両手に纏わせた暴風で更にそれを弾くがそれでも防ぎ切れない。
「取ったあっ!!」
「シーナ様っ!」
思わず歓喜の声を上げるポセイドン。一瞬遅れてフィリアの悲痛な叫びも木霊する。
しかし、椎名の命はそこで尽きる事は無かった。
「ヒストリア流剣技、山!」
今まで二人に前に出てもらい、力を温存させていたアリーシャ。彼女の剣技が椎名の命を繋ぎ止める。
全ての氷刃はアリーシャの技により叩き落とされ、目の前にポセイドンまでの道が出来る。それを見てとり、いや、それを予想していた椎名は既に地を蹴りポセイドンの眼前に迫っていた。
「このおっ!!!」
ユニコーンナックルに這わせた暴風でポセイドンの核を攻撃しようと拳を振り抜く。
「甘いわあっ!!」
「……っ!?」
だがその拳はポセイドンの体に纏わせた氷によって阻まれた。
そしてその氷が、次の瞬間氷塊となり無数の弾丸が椎名の体の至る所を痛めつける。
「がっ……!」
鮮血を撒き散らしながら後ろに吹き飛ぶ椎名。衝撃で後方に吹き飛ばされる。
「椎名っ!!」
隼人が悲痛な叫びを上げる。
「ハハハハハッ!! やはり我の勝利だ!」
吹き飛ぶ椎名を見送りながら嘲笑を浮かべるポセイドン。まず一人と心の中で呟き、これで更に自身の優位を確信した。
そしてそれがポセイドンの隙を作った。
椎名の左手が銃を形作っているのに気づかなかったのである。
「ファントム・バレット!」
「がっ……!?」
ファントム・バレット。
椎名の指先や彼女を中心とした場所から放たれるストーム・バレットとは違い、ディバイン・テリトリーの影響下に於いてのみ発現を可能にする。椎名の風の能力の進化形の技と言えよう。
ポセイドンの周りに風の領域を広げていた椎名は、その影響下に風の弾丸を発現。
死角から放たれたそれは、勝ちを確信し完全に油断してしまっていたポセイドンを難なく撃ち抜いた。
そしてポセイドンの核のフィリアの精神とは最も遠い部分を的確に貫いたのである。
勿論致死性は無いし、フィリアに影響が及ぶ事も無いが、ポセイドンの動きを止めるにはこれで十分過ぎる程のダメージだ。
椎名はそのまま飛ばされ石壁にぶち当たる。流石の彼女もその衝撃により沈黙してしまう。ここで椎名は戦線離脱である。
そしてこの技を自身の間合いの中、完全に感じ取ったアリーシャ。椎名からのメッセージをしっかりと受け取った。
「そこかあっ!」
アリーシャは既に先程ポセイドンを自身の間合いの中に入れている。
それによりポセイドンの核が何処なのかをアリーシャに知らしめたのである。
アリーシャはここに残り全ての剣気を込めた。
「ヒストリア流剣技、林!」
「なっ!?」
アリーシャの姿が、手に持つ剣が。半透明で不確かな存在となり身動きが取れないポセイドンへ、フィリアへと迫る。
そして剣がやがてポセイドンの核へと触れ、同時にフィリアの存在も感じ取る。
「がっ……はっ……!」
身体を震えさせながら嗚咽(苦悶?)の声を放つポセイドン。
アリーシャがフィリアの身体を正にすり抜けるように駆け抜けた後、ポセイドンの核はフィリアの体から綺麗に切り離されていた。
だがその代償も小さくは無かった。
慣れない技の連続行使によりアリーシャの精神力は限界をきたしよろよろと多々羅を踏んだ。
「く……、ここまで……か……」
椎名に続いてアリーシャまでも力尽き倒れてしまったのだった。
これで今立っているのは隼人とアリーシャの手によってフィリアから切り離された蠢くポセイドン本体のみ。
「止めだっ! ポセイドン!!」
すかさず見えない斬撃でその核を細切れにし、霧散させる。
これでポセイドンを打ち倒し全ての決着が着く。
ようやく終われる。
そんな想いで技を放つ。。
「おのれいっ!! 人間どもがあっ!!」
だがポセイドンの核は、隼人の斬撃を弾き、直ぐ様実体を形成してしまう。
これは正直予想外の速さであった。
「くそっ……駄目だったのだ……」
「はあっ、はあっ、はあっ……」
隼人は顔をしかめる。
ポセイドンは荒い息をつきながらも確かにそこに佇んでいた。結果的に大したダメージを受ける事無く健在なのだ。
作戦は後一歩の所で失敗に終わったという事である。
「おのれ……ここまでやってくれるとはな……」
苦い声色で呟く。ポセイドン本体は蠢きながらゆったりと姿を現したのだ。




