5-19
降り続く氷の雨。
ポセイドンは自身の中にフィリアを取り込んでいるという強みを活かし、防御の面はほとんど無視して目の前の人間をいたぶる事を楽しんでいる。
「やめてっ! もうやめてください!」
当のフィリア自身は体の自由を奪われ、自分の大切な人達が攻撃されるのを黙って見ているしかない。
それがポセイドンにとってはたまらなく愉快であった。
隼人も椎名もアリーシャも、皆戦い続きで限界が近い。いや、限界などとうに過ぎているのかもしれない。
思えばずっと戦いっぱなし。
確かに昨日の夜はしっかりと睡眠を取る事は出来た。だが気持ちの糸は常に張りつめたまま。終わりの見えない戦いに身を投じ続けているのだ。
常人ならばとっくに心折れて、倒れていてもおかしくは無い。
だがそれでも皆、歯を食い縛り目の前に立ち塞がる壁を乗り越えようと必死であった。
「隼人くん! このままじゃジリ貧よ! 一気に勝負を決めるわよ!」
「ああ! そのつもりなのだ!」
椎名の叫びに隼人も応える。
ポセイドンには魔力の底が感じられない。無尽蔵に、無制限に氷の刃を放ち続けられそうだと感じていた。
実際魔族は人間と比べると魔力の総量が圧倒的に多い。そう感じるのも当然なのである。
それに対しこちら側の魔力の何と心許ない事か。
アリーシャはライラとの一騎討ちでその力の殆どを使い果たしている。ポーションの効果で体力はある程度の回復を見たが精神力の方は正直ボロボロでいつ倒れてもおかしくはない。
椎名も西の広場での死闘のせいでマインドは枯渇寸前。一時戦線を離れたシルフが多少マインドに余裕があるもののこの激戦でいつそれも底をついてもおかしくはない。
隼人は美奈のお陰で大きな手傷は無いものの、バルとの慣れない融合で消耗は誰より激しかった。
そんな中で長期戦など自殺行為なのである。
出来る事なら一気に勝負に出て決着をつけたいと考えていた。
隼人、椎名、アリーシャの三人はいよいよ覚悟を決め、お互いに目配せをする。
これから最初で最後の攻撃に転じるのだ。
示し合わせた訳では無い。具体的な方法を共有した訳でも無い。だが三人は不思議とそれぞれがやるべき事を理解していた。
「行くわよっ!」
そんな中真っ先に動いたのは椎名だ。彼女はどんな時でも自身が前に出る。そして道を切り拓き勝利への活路を見出だす。それが彼女自身がやるべき事なのだと強く想っていた。
そしてそんな想いは彼女を囃し立て、力に変える。
椎名は短く息を吸い込むと、自身の技を発動した。
「ディバイン・テリトリー!!」
もう幾度となく使用してきたこの技。
椎名の感知能力は本来五キロ程の範囲まで可能。その範囲を数メートルにまで縮小する事により、その分より詳細な風の流れを読み解き、相手の状態や行動を知り得る技である。
先程西の広場では密集した空間の中に大量の魔族がいた状況下での発動だった。結果情報は膨大となり椎名の脳をパンクさせようかという程の影響を及ぼした。
だがあの時、極限状態でのあの経験があったからこそここで椎名に更なる進化をもたらした。
読み解く情報量が多ければその中から今本当に必要であるべき情報だけを取得すればいいのである。
「アナライズ!!」
ディバイン・テリトリーの新たなる進化形、ディバイン・テリトリー・アナライズ。
読み解く情報量を知りたい必要最低限なものに抑え消耗を最小限にするのだ。
そして今回読み解く対象はポセイドンでは無い。隼人だ。
隼人は生きる者の精神を視る力が備わっている。今この瞬間にもフィリアの中にポセイドンを見ているのだ。
そして勿論ポセイドンの精神と同時にフィリアの精神も見ている。
それを椎名は隼人から読み解く。
主に隼人の視覚情報、隼人の眼球の動きから今見ている隼人のポセイドンとフィリアの核の部分を正確に割り当てる。
その結果椎名の目にもうっすらとではあるが、フィリアの中に靄のようなものを見て取る事が出来た。
「あれか……! きゃあっ!?」
その時技に集中し過ぎた椎名の眼前に氷の槍が迫る。
「余所見するなっ!」
しかしその全ては隼人の見えない斬撃によって事なきを得た。
「ありがとっ!」
危なかった。一瞬ではあるが、ポセイドンへの注意から隼人へ注意を向け過ぎた。こんな事でやられては目も当てられない。
椎名は気を取り直しポセイドンへと向き直る。
隼人の視覚情報はそのままに、今度は自身が攻勢を掛ける。
椎名は地を蹴った。
「はああああっ……!!」
それと同時にポセイドン自身へも感知の幅を広げていく。
ポセイドンの一挙手一投足から次の行動や攻撃パターンを読み解き、相手の隙を突こうと試みる。
「甘いぞ小娘っ!」
「椎名っ!」
この時大体の椎名の身に降りかかる攻撃を凌ぐのは隼人の担当だ。
椎名の役割はとにかく不意を突くこと。そしてポセイドンに隙を作る。
そう、この後の攻撃を出来る限り無防備な状態で受けさせる為の。
「まだまだよっ!!」
「だから甘いと言っている!」
椎名は二度、三度と特攻を繰り返した。
それでもやはり高位魔族。おいそれとは自身に近づけさせてはくれない。それどころか隼人の力だけでは捌き切れない程に無数の氷柱が椎名を襲うのだ。結局迎撃したり受け流すために後退を余儀なくされていた。
「くそっ! しぶといわねっ!」
中々に攻め手を欠いた隼人達。焦りと消耗が秒読みのように蓄積されていくのだった。




