5-17
「シーナッ!? 君はまた精霊の能力が使えるように……?」
「うん、まあね」
二人のそのやり取りから先の戦いで椎名の身に何かしらの変化があっただろう事は伺い知れた。
だがそれは皆同じ事。ここまでの道程は誰しもそれなりに困難を極めたのだ。
仮に一時椎名が精霊の能力を失っていたとしても私にとっては目の前の結果が全てであり、椎名が変わらず風の精霊使いである事は事実なのだ。
それよりも今面倒なのは目の前の敵、ポセイドンだ。
「「「ククククク……。さあ、これでも我を捉えられるか」」」
霧が晴れた瞬間、私達の目の前には十数体のポセイドンが突如として現れたのだった。
「分身の形成か」
確かに視界が不明瞭なままでこれだけの数の敵に攻撃されればかなり厄介ではあっただろう。だが椎名の技により霧が吹き飛んだ事により最悪の事態は免れた。
それでも今のポセイドンが厄介な相手だという事に変わりは無い。
「隼人くん。あなたも出し惜しみはなしだからね」
不意に椎名が前を見据えながらそんな事を言う。
「何を言うか」
その言葉に今度はこちらを振り返りじっと見つめてくる。いつものようにお茶らけた表情では無く真面目な表情で。
「フィリア、助けるんだよね?」
「……」
私は彼女の言葉を受け内心冷やりとしたものを背中に感じずにはいられなかった。
全く……本当に椎名は一体どこまでお見通しなのだろうか。
私は小さくため息をつき今も背中に張り付く相棒の名を呼ぶ。
「バル?」
「……うむ。わかったのじゃ」
そんな私の問いかけに彼女は覚悟したように頷いた。
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これは私達が教会から抜け道を伝いこのヒストリア城へと侵入を試みようとする直前の話だ。
「ハヤト、ちょっといいか?」
「ん? どうしたのだ、バル」
急に小声で私に話し掛けてくるバル。勿論背中に背負った状態だ。耳元で微かに息をかけられながら話す事にも最初はむず痒かったが大分慣れてきた。それがいいか悪いかは別として。
彼女は少し真面目な話がしたいらしかった。それを察した私は彼女を背負い皆と少し離れた場所へと移動した。
教会の大聖堂の扉を潜り、細い通路になっている場所。ここなら皆から私達の姿は見えない。
「バル?」
二人きりになっても特に話し始める様子も無い。何か躊躇っているように感じられた。
「うむ……ハヤト。ここから先はかなりの激戦になるかもしれんのじゃ。だから……ウチの力の事について……話しておく必要があると思ったのじゃ」
「力?」
私はそれである程度察する。先程この教会に来る途中、バルは自身の攻撃がこちらの世界の者に対し全く通らないという事実を知ったばかりであった。
今は落ち着いてはいるがその時は泣きじゃくり私も相当参ったものだ。
「というと、他に何か攻撃方法があるというような事か? 奥の手のような」
「なっ!? なんで分かったのじゃっ!? まさかウチの心が読めるのか!?」
「いや……大体想像はつくのだ。ここまでのバルを見ていればな」
バルは慌てふためいたが私の言葉を受けて何故か頬を赤く染め目を逸らした。
「ハヤト……ウチのこと見すぎ……」
「は?」
「いやっ! 何でも無いのじゃ! とにかく本当にヤバいと思った時はウチとハヤトで強くなる奥の手があるということを伝えたかったのじゃ! 話は終わりなのじゃ! よし、行くのじゃっ!」
そう言いつつ私の首をぎゅっと締め付けるバル。
だが私はそんなバルの物言いが御せなかった。
「バル」
「?」
「リスクは何なのだ?」
「!? ……なっ?」
「何かリスクがあるのだろう。もし何も無ければここまでの戦いでも使ってくれば良かったではないか。そうしなかったという事は何か理由があるのだろう。それを知らねばこの話は聞かなかった事にするのだ」
「で、でも! ハヤト!」
「バル、私達は仲間だ。私は短い付き合いとはいえお前の事を心から信頼している。それは一言で言ってしまえば人と精霊の契約による繋がりでしか無いのかもしれん。だが私はそれ以上にお前を家族のように思っている。だから隠し事は一切無しだ」
「ハヤト……」
間髪入れず話す私の言葉をどう受け止めたのかは分からない。だが次の瞬間私の頬に柔らかな感触が触れた。
そして私とバルの身体が光輝き……。
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頬にバルの唇の感触が伝わり私とバルの身体は光を発し、目を開けるとそこにいた筈のバルはいなくなっていた。
『ハヤト、ではウチらの攻撃開始なのじゃ』
「やっぱりね」
頭の中に響くバルの声。椎名が私を見て微笑んでいる。
今私とバルは一つとなったのだ。
幾つかデメリットがあるのでここまで使用してこなかったが、流石に私もここは勝負所と見てこの選択を決断した。
さて、ここで改めて私の能力の話を述べよう。
私には生き物の精神を視る力が宿っている。それは様々な色や形を伴いその状態を私に感じさせてくれる。見た瞬間解るといったような感じだ。
そして特に魔族には身体の何処かに常に黒い靄のようなものがあるのが確認出来るのだ。
そして今回のポセイドンのこの分身に関して言うと、一体を除いてその靄が見えない。
厳密に言うと分裂したのでは無く、水の能力で外見だけポセイドンに見える人形を作り出しただけの目眩ましのような技に過ぎないのだろう。
だから本体以外はただのブラフ。攻撃すれば簡単に倒す事が出来るのだと確信を持った。
そして更に私は今、バルと融合する事によって現在バルの能力までもが使えるようになっている。
具体的にどういう能力か。それは簡単に言ってしまえば斬る能力である。
目に見える物体は勿論、その靄のようなものですら斬ってしまえる。
私の技にエルメキアソードと命名したものがある。この技は詰まる所、物体を斬るのではなく生き物に宿るこの靄のようなもの、核だとか精神と言ったものを断ち斬ってしまえる技なのだ。
そして今回バルと融合した事により、このエルメキアソードが進化を遂げた。
今までであれば剣に付与させて直接斬ったり、視覚化したエルメキアソードで直接斬りつけるような所謂近接単体攻撃でしか力を発揮出来なかった。
しかし今では視界に捕捉出来る全ての物と者を同時に斬る事が可能になったのだ。
「秘剣、五月雨」
私の視界に映る全てのポセイドン本体以外の人形と言うべき物を、可視化した刃がほぼ同時に切り刻んだ。
それらは水風船が破裂した時のような音を立て、水を撒き散らし無力な水溜まりと化したのだった。
「な……!? バカな……」
アリーシャや椎名が息を呑む音と、ポセイドンが驚愕する声が広間に響き渡った。




