5-15
「ククク……せいぜい我の発生させた大いなる波の波動に苦しみ呑まれるがいい」
結局はポセイドンの計算通り。
戦いの際に厄介そうなあの二人を遠ざけ、残された私達で遊ぶ。そんな事は容易に想像出来た。
「で? ちゃんと勝機はあるんでしょーね?」
「当たり前だ。ポセイドンに遊ばれてやるつもりは微塵も無いのだ」
椎名がポセイドンを見据えながら横に並び声を掛けてきた。
私はそんな彼女に二つ返事で言ってやった。
すると彼女はニヤリと微笑み満足そうに頷いた。
「オッケー。じゃあ私から一つだけ確認しとく。隼人くんには見えているのよね?」
「……ああ。私には見えている。ポセイドンの姿がはっきりとな」
私は椎名に力強い相槌で返す。
彼女も頷き微笑んだ。それだけで充分だった。椎名も私も同じ事を考えているようだったから。
いつもの事だが、とにかく彼女は話が早くて助かる。
私とバル、アリーシャと椎名がこの場に残された。だがたとえあの二人を欠いたとしても、戦力的には申し分ない。
私はふとため息を漏らす。
ポセイドンを倒すための作戦は私の中では描けている。
だが問題は私の中で二つの選択肢が用意されている事だ。
それはフィリアもろともポセイドンを倒すか。
若しくはフィリアを助けた上でポセイドンを倒すか、という事である。
勿論後者は実現可能かどうか怪しい。しかも失敗すればそれだけポセイドンに後れを取る可能性も高くなる。
最悪全滅も必死だ。
勝てる可能性を限りなく低くしてしまうのだ。
前者であれば確実とまでは行かないにしても、かなりの確率で私達の勝利となれる予感がする。
少なくとも後者よりは有利に事を運べるであろう。
「ハヤト、何を迷っているのだ」
私の思考を読んだようにアリーシャが口を開いた。
ここまで黙して口を噤んでいたように思えたアリーシャ。
彼女の表情には、一切の曇りがない。
それはまるで何かを吹っ切ったように。だが果たして本当にそうか。
「ポセイドンを倒さねばこの国に安寧は訪れないのだ。私はこの国の姫として絶対に奴を倒さねばならない。だから……やるぞ。フィリアもろとも」
これまでの戦いで壊れてしまったのか。アリーシャは魔石の割れた剣を引き抜き、ゆっくりと構えた。
「アリーシャ、それでいいの?」
椎名が問い掛けるがアリーシャは強い眼差しで前を見据えたまま。
勿論ポセイドンからは目を離さない。
「愚問だ。フィリアもそれを望んでいた。例え私がフィリアを救いたいと願っても、そんなわがままでこの国を、多くの人々を不幸には出来ない。だから私はこの国を守るためにこの剣を振るう。騎士として。姫として。━━ただそれだけだ!」
ヒュンと剣の風切り音がやけに広間に響き渡る。音の通りが思ったより良いように感じられた。
わがまま……か。
私は思う。アリーシャを見ていて、アリーシャの言葉を聞いていて、私はかつての自分を見ているような錯覚に陥ったのだ。
懐かしい言葉だ。
私も昔、一年程前の事か。同じように自分のわがままが許せずに苦い想いを経験した事があった。
美奈の事が好きだと気づいて、その想いを自分のわがままな想いだと考え、伝える事を躊躇したのだ。
その結果、周りにいる大切な人達に却って迷惑を掛けた。そして沢山傷つけた。
そんな、淡い記憶が今何故か鮮明に甦ってくるのだ。
だからその時の私が辿り着いた答えを、そのままアリーシャへと伝える事にした。
「アリーシャ。例えわがままであっても、何があろうと、どんな時でも自分に嘘だけはつくな。自分に嘘をつく選択は自分だけではなく、周りにいる、周りにいてくれる人達まで不幸にしてしまうものなのだ。私達にとってアリーシャは大切な仲間だ。アリーシャが不幸になる選択を私達は絶対に取りたくは無いのだ。わがまま。いいではないか。私達はアリーシャのわがままなど喜んで受け入れよう。そして一緒に罪も被ろう。だからアリーシャ。もっと自分に素直になるのだ」
アリーシャの瞳が揺れる。その言葉を聞いて、その心の内の決断が揺らめいているのが分かる。
「な……何を言う? ……私は……この国の姫として」
アリーシャの目が泳いだ。明らかに動揺している。心の中に薄暗い靄が懸かっているのが見て取れる。
そこにいつもの凛としたアリーシャはいない。
今私の目の前にいるのは姫でも騎士でも無い。一人の少女、アリーシャ・グランデだ。
そんな彼女に向けて私は力の限り叫んだ。
「アリーシャ! お前自身は一体どうしたいのだ!」
私の叫びにアリーシャの体がびくんと跳ねる。そして肩が震えて、アリーシャの頬に一筋の涙が流れた。
涙を流しながら、アリーシャは私に懇願するような瞳を向けた。
「くっ……私は……私はフィリアを救いたい! ……もう嫌だ! 大切なものを失うのは! 私はこれ以上大切なものを失いたくないっ……!」
ようやく吐露される。アリーシャの一人の人間としての本音が。全ての柵をかなぐり捨てた時の素直な気持ちが。
私も椎名も、勿論バルも、その言葉さえ聞ければもう充分であった。
「よし、分かった。ではやるぞ! 皆でフィリアを救うのだ!」
「オッケー!」
「承知したのじゃ!」
「な……? 皆……、いいのか?」
涙に濡れるアリーシャは意外そうに呆けた顔を見せた。そこへすかさず椎名がサムズアップを決める。
「しつこいわよ? アリーシャ。ていうか最初から皆そのつもりよ」
「シーナ……」
「さあ皆、来るぞ!」
「うむ、やるのじゃっ!」
「ククク……人間とはつくづく馬鹿な生き物よのう……」
不敵なポセイドンの声。だが奴の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
目の前には濃密な霧が立ち込め、遂には互いの存在さえ確認が困難となる。
このインターバルが自分達に不利な状況を作った事は理解している。
だがここまでの会話で時間を費やした事を失敗とは思わない。
そして私達は必ずポセイドンを打ち倒すと誓う。
フィリアを救って見せると誓う。
何故ならその強い想いや信念、そういったものがこの世界では大きな力となる事を、私達はもう知っているからだ。




