5-14
「地震……なのか!?」
「違うわっ! これはっ……!」
私の言葉を受けて椎名が苦々しい声で答えた。拳を握り締めたその手が震えている。
「津波……よ」
「ククク……その通り」
吐き捨てるように言った椎名の言葉に満足気に頷くポセイドン。
広間の壁に設置された窓から外に目を向ける。すると海が見え、その向こう。かなり遠くの方から津波が押し寄せてくるのが見えた。
地鳴りが重く響いてくるその震動が、徐々にその大きさを増していく。この距離ではっきりと目視出来る事を考えれば相当の規模に違いない。
もしあれがヒストリアに到達すれば、ここにいる人々はほぼ全滅であろうと思われた。
「ククク……これも無かった事に出来るのか? 是非見てみたいものだ」
「くっ……!? あなたたちはどうしてこうまでして人々を苦しめるの!?」
歯噛みする美奈。彼女の想いや言葉が魔族に届く筈も無く。美奈の心を哀しみが包み込む様が後ろから見て取れた。
「フフフ……笑止! 娘よ、それこそが我が生きる糧であり、道なのだ。お主は生きる目的を失って生きている意味を見いだせるものなのか? 否。人間とは特にそういった事には耐えられぬ生き物であるのだからな! この娘のようにっ! フフフ……せいぜい貴様らには苦しみ抜いて我が糧となってもらおうぞ!」
やはりどうあっても魔族と人は相入れぬ存在。再びそれを思い知らされた瞬間であった。
美奈はほんの束の間目を瞑り、少しだけ息を吐いた。
「……分かりました。じゃあ決着をつけましょう」
「フフフ……決着? 最早あの荒波に呑まれこの街の人々は皆等しく溺死。その終局は逃れようのない運命である」
「いいえ、止めます。そして今度こそ私たちがあなたを倒します」
はっきりとした口調でそう告げた。強い意思を持ったその台詞が明確な形を持った波動のように私の心に強く染み込んだ。そして美奈は徐に私たちの方を振り返る。
そこにはいつもの美奈の優しい微笑みがあった。それに不意に安堵して胸を撫で下ろす自分がいる。
「美奈、行って。ここは私たちが何とかするわ」
何かを察したように椎名が美奈の言葉を遮る。だが彼女は浚巡して俯いた。
「え……でも」
「大丈夫なのだ、美奈。今はあの津波を止める方が先決。何か手があるなら行ってくれ」
椎名に先を越されたのには内心悔やまれるが、私も彼女に続いて美奈の心中を察した。美奈には津波の対処に行くよう諭す。どうやら美奈には何か策があるらしいのだ。策というか、単純に本来の彼女の能力でどうにか出来るだけなのかもしれないが、ポセイドンの存在が足枷になっている事は自明の理。ならばそこは私達が買って出るべきなのだ。
俯く美奈はやがて顔を上げる。
「……うん。分かったよ、お願い。じゃあ津波は私と……工藤くん、一緒に来てくれるかな?」
「お、俺か!?」
「うん。工藤くんの力が必要だから」
「……お、おうっ、そういう事なら任しとけって!」
いきなり自分の名前を呼ばれると思っていなかったらしくあからさまに慌てふためく工藤。胸を拳でばんと叩いた拍子に勢い余ってむせた。
「ったく……何やってんのよ……」
「う……うるせーよっ」
そんな工藤に対する椎名の突っ込み。二人の久しぶりのやり取りを目の当たりにしつつ、不意に美奈と目が合った。彼女はスッと私の方へと近づいてきた。
「隼人くん、本当に大丈夫かな?」
「ああ……何とかするさ。それに全く勝機が無い訳では無いのだ」
正直な所、残ったメンバーだけでポセイドンを倒せるのか自信がある訳では無い。寧ろこの二人を欠けば勝機は半減すると言ってもいいだろう。だが言った通り全く方法が無いとも思ってはいない。
それにあの津波をどうにか出来るのはこの二人を置いて他に考えられないのだ。
では私達は私達が今出来る最善の手を尽くすのみなのだ。
何よりも美奈に頼られて断る理由が私には無い。
「……うん、じゃあ行ってくるよ、隼人くん」
「ああ、気をつけるのだ」
薄く微笑む美奈。こんな所で色々話している暇は無い。私はそのまま美奈を見送った。
工藤を伴い現地に向かおうとする二人。最後にもう一度だけ振り返る美奈。
「隼人くん! この戦いが終わったら、またたくさん話そう?」
「ああ、勿論だ」
もう一度笑顔を見せる美奈。そして二人はポセイドンと私達を残し津波の押し寄せる港の方へと走り出していく。
「工藤くん、私を背負ってこの城から全速力で走って」
「お? おう!」
「ククク……我を残して行くか、娘よ!」
去ろうとする二人には特に何をするでも無く見送るポセイドン。ここまでいくらでも攻撃する機会はあったであろうに、終始黙して不敵な笑みを浮かべていた。
そんなポセイドンに美奈は一瞥だけくれて能力を発動した。
「タイムトラベラー・スキップ!」
その瞬間二人はその場から欠き消えた。まるで瞬間移動だ。開け放された窓だけがゆらゆらと揺れている。




