5-13
目を覚ませば皆が集まっていた。
何故急に工藤や椎名、アリーシャが目の前にいるのか。全く頭がついて来ない。
先程までそこに倒れていた筈のアンガスや近衛兵は何処にもいなくなっていた。
不思議な心持ちであった。
ほんの一瞬目を閉じ再び開くと、周りの景色が一変したのだ。これでは全く違う空間に迷い込んでしまったかのようだ。
私は暫くの間完全に気を失っていたのだろうか。
「何が何やらなのだ……」
「隼人くん。混乱してるかもしれないけど、とにかく残った敵はあの魔族、ポセイドンだけよ」
椎名の指し示す方に目をやると、そこにはフィリアが立っていた。
その辺りから私の記憶の断片が徐々に甦ってくる。
そうだ、私はフィリアが魔族だということを見抜いた。奴は魔族、ポセイドンだ。
そしてポセイドンとはこれから戦いになろうかという所であったのだ。そこで記憶が途切れている。
「ハヤト……頭がぐるぐるするのじゃ」
気づけばバルが背中に跳びのっていた。
辛そうに私の背にぐったりと身体を密着させている。目立った外傷は無さそうなので気にし過ぎる事は無さそうではあるが心配だ。
「ハーッハッハッ! やってくれおったわ。結果全員無事とは。この時点で戦力は半減、パーティーは崩壊という我のシナリオが台無しであるぞ」
高らかな笑い声を響かせるポセイドン。奴はその言葉とは裏腹に歓んでいるように思える。
「残念だったわね。これで終わりよ」
椎名の言葉に、だがポセイドンは不思議そうな顔をする。
「終わり? フン、馬鹿を言え。我に勝ち目が無いとでも言いたいのか?」
ポセイドンの体から突如として黒いオーラが立ち上り、私達にプレッシャーを与えてくる。
椎名はそんなポセイドンを目の前に無意識かもしれないが一歩後退った。
「そうだね。私たちはあなたを倒せます」
そのプレッシャーに一瞬言葉に詰まった椎名の横からそう告げたのは美奈だ。
美奈の珍しい物言いに皆彼女の方を見やる。彼女がこれ程はっきりと物を言う事は余り無いのだ。というか今まで一度だってそんな事があっただろうか。私が記憶している限りでは無いと言える。
目の前の女性は本当に美奈か。つい先程に比べまるで別人のように思える。言葉だけでは無い。彼女のその瞳の輝き。立ち姿。その全てがはっきりとした輪郭を持ち、いつもの少し控え目な彼女は完全に鳴りを潜めているではないか。
「ほう……?」
「形勢は逆転したんです。あなたに勝ち目はありません。私は無益な争いは好みません。だから、できることなら諦めてこの場からいなくなってくれませんか?」
ポセイドンに対し強気な発言と言える言葉ではあったが、何とも美奈らしい考え方だと思った。
やはり私の目に今の彼女がどう映ろうと美奈は美奈だ。
「ククク……。何を言うかと思えば。我を倒せる? いなくなれだと? ……ククク……笑わせるなあっっ!!」
だがそんな言葉が魔族に届くはずも無い。ましてや一国を滅ぼそうと目論んでいた程の相手だ。これでは完全に逆効果だ。案の定ポセイドンは美奈の言葉に激昂した。
そしてポセイドンの体から夥しい氷柱が放たれ、数百、いや、数千本の槍となりこちらに向けて注がれる。
「ちっ! 俺が燃やし尽くしてやる!」
「工藤くん! 大丈夫だから!」
前に出ようとする工藤を手で制し、代わりに美奈が左手を突き出した。
「タイムトラベラー・リバース」
静かな言葉と共に光が放たれ、次の瞬間には目の前にはまるで何事も無かったかのような静寂が広間を充たした。
「っ!!?」
ポセイドンの眉根が歪む。そして同時に私も驚愕する。
何故突然そうなったのかまでははっきりとは分からない。だが考えられる事は一つ。美奈もついに精霊との契約を交わしたのだ。
そしてその能力とは先程の技の名前からしても明白であった。
時間を操る能力だ。
私達が生命を操る能力だと思っていた彼女の能力は、何と時を操る能力だったのだ。
確かに時間を操れるのであれば人を回復させる道理も成り立つ。人は放っておいても自然に治癒する力を持っている。それには多少の時間が必要なだけで。
美奈に回復してもらった際に身体が気だるい感覚に襲われていたのはそういう原理から来る一種の疲労感だったのだろう。
「私の精霊オリジンの力であなたの放った力を巻き戻しました。何をしようが全て無かったことになります。あなたが私たちにどんな攻撃をしてこようとそれが私たちに届くことはありません。だけどその逆は可能なんです。これでわかったでしょう? もう無駄なんです。だから、もうこれ以上争うことはやめて、そして出来ることならフィリアも帰してください。あなた自身ならそれが出来るはずです」
静かな眼差しの中に強い決意のような切実さを感じさせる。この迫力は内に秘めた自信から裏付けられるものなのだろう。私は感心してしまう。
力を見せつけポセイドンを無力だと思わせ、更に説得を試みたのだ。
呆けたように佇んでいたポセイドン。これで奴の戦意を失くせられれば良かったのだろうがそうはならなかった。
ポセイドンは少し俯いたかと思うとやがて高らかな笑い声を上げた。
「ククク……、ハーッハッハッハ!!!」
「何がおかしいんですか?」
「人間風情が魔族を舐めるでない。そんな言葉、我には微塵も響かぬ! むしろ本当に我を滅ぼせるというのならば見せてもらおうではないか! この娘もろとも我を滅ぼしてみよ!」
再び夥しい量の氷柱を出現させて、私たちに放ってくる。
「だから無駄だって言ってるの! タイムトラベラー・リバース!」
先程と同じように放たれた氷柱は再び全て無かった事になる。
だが今回は、先程と違う点が一つあった。
無かった事になったこの場に訪れたのは、今度は静寂では無く地響きであったのだ。




