5-11
楽しそうに笑みを浮かべるポセイドン。
夜の静謐さがその不気味さを一層際立って見せる。
けれど私は思っていた。
これからこの魔族の鼻っ柱をへし折ってやるのだと。
私はポセイドンと同じように不敵な笑みを浮かべ盛大に言ってやった。
「ポセイドン、いくらあなたが強いといっても私たち六人を相手に勝てる道理はないわよ?」
「は……?」
思わず間の抜けた声を上げたポセイドン。
この魔族、流石に色々あの手この手を使ってきただけあって頭の回転がいいのは認めている。
私の放った六人という言葉に、一瞬にしてその意味を図りかねているのだ。
私、工藤くん、美奈、アリーシャ。これで四人。
他にもこの部屋の外にアーバンさんとリットくんがいる。それで六人とも取れる。
けれど私の視線の先には今二人の仲間がいた。
黒焦げになった隼人くんと、隼人くんの命が尽きたことによって契約を交わしているバル。
彼女は今電池が切れた人形のように仮死状態で倒れている。ぴくりとも動かない状態だ。当然死んだ訳じゃない。
主である隼人くんが死んだ事により活動する力を失ってしまったのだ。
精霊の主である隼人くんが一種の動力源のようになっていたのだから当然と言えば当然。
そんな私の視線を受けてポセイドンは高らかに笑い声を上げた。
「クックック……、ハーッハッハッハ!! 何を言い出すかと思えば、笑止。そこに転がっておる男はとっくにそこの娘の魔法により息絶えておるわ。まさか死んだ者を生き返らすとでも宣うつもりか」
「……いいえ。残念ながら死んでしまった人を生き返らせるなんてことは出来ない。少なくとも今の私たちにはね」
私の言葉が終わるか終わらないか。そんなタイミングで美奈が動いた。
すると瞬き程の一瞬に、突然私の横にいたはずの美奈は倒れている隼人くんの元へと現れた。
まるでそれはあたかも瞬間移動のように映った。
「……!? 今何をした?」
これには流石のポセイドンも驚きを隠せないようだった。
私は内心でほくそ笑むのだった。
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再び話は精神世界。私と美奈がオリジンと会った時へと遡る。
「ミナよ。これからワシらが契約を交わす前に、一つ説明しておかねばならんことがある」
「……?」
オリジンの言葉を真摯に聞いている美奈。隼人くんのことがあったにも関わらず、やけに冷静な様子に見える。
これは私の憶測の範疇でしかないのだけれど、やっぱりさっきの覚醒が影響しているのでは無いだろうかと思う。
覚醒は単純に身体能力だけではなく、心も強くさせる。
それは常に冷静でいられたり、衝撃的なことが起こっても取り乱さないでいられたり、そういった結果として現れるのだ。
かくいう私は泣いてばかりだけれど、それでも以前と比べるとそういった周りの刺激に随分と落ち着いていられるようになっていると思うのだ。
ほら、元々私、か弱いから。女の子だし。これでも泣いてない方なのよ。ほら、か弱い女の子だし。
そんな覚醒を今しがた美奈は二度も引き起こしたのだ。
それにより大切な人の死に直面しても心を乱されないで済んでいるのではなかろうか。
最もそれが人として良いことなのかどうかは別問題なのだけれど。
そんな予想をふと頭の中で立てながら、二人の会話を側で聞いている私。
「ワシの能力についてじゃよ」
「? ……それって生命を操る能力じゃないの?」
思わず横槍を入れてしまう私にオリジンはにこりと微笑んだ。いや、なんか言ってよね。
美奈の能力は怪我を治す治癒の能力だと思っていた。人の生命力を活性化させて身体の治癒を引き起こす。そんな能力だと私は考えていたのだ。けれど今のオリジンの態度からするとそれに対する否定と取れる。
では一体それはどんな能力だっていうんだろう。
「……違うんですか?」
オリジンの表情を見て美奈も察したらしい。
オリジンもそんな美奈の言葉を受けてうむと頷いた。
「そうじゃな。確かに結果だけを見ればそう思うのも無理はなかったのかもしれん。だが実際は違う。そうじゃのう……それはミナの優しい心が生んだ思い込みのようなものだったのかもしれんのう。人の傷ついた身体や心を治すことが出来るのならば、とな」
「えっと……それで、私の本当の能力って何なんですか?」
「これまでのことで何か思い当たる節はないかのう。自分では思いもよらない現象が起きたりしたことは」
質問する美奈を焦らすように美奈に予想を促す。
別にすぐに答えてくれたっていいじゃんと思いつつ、美奈は素直に黙して考え込んでいる。
けれど彼女はすぐにはっとしたような表情になった。
「うむ、ミナよ。今お主が思った通りじゃよ」
「……そっか、そうだったんですね?」
二人だけ妙に納得したように微笑み合う。
予想外にも完全に私は置いてけぼりとなった。
「ちょっとちょっと! 勝手に二人で話進めないでくれる!? 私だけ今置いてけぼりなんだけど!?」
焦る私の方を振り向いて、そして見つめ合い笑う。
何それなんか熟年カップルが物言わず解り合ってる様を見せつけられた友人Aみたいなんですけど!?
本来ならごちそうさまですとか言っちゃう場面なのだけれど、こんな時に自分だけ話が見えないということが心外で、悔しくて地団駄を踏みそうになる私。
「フオッ、フオッ、フオッ。シーナほどの切れ者が気づかんとはのう」
ますます満面の笑みを浮かべ私を見るオリジン。
「めぐみちゃんっ!」
「ちょ……ちょっと美奈!」
そんな矢先、美奈は満面の笑みを見せて抱きついてきた。
美奈は半ば興奮し過ぎているようで、久しぶりに重量感のあるいいお胸が私の腹部にぼよよんと当たって気持ちいい感触が私を癒やす。
けれど今はそんな感触を楽しむという事よりも二人の話についていけてないもどかしさの方が勝ってしまっている。
「私! 助けられるよ! 隼人くんを、助けられるよ!」
「??」
私は美奈の言葉にますます意味が分からず頭の上にクエスチョンマークを浮かべてしまう。
というか普通に考えれば生命を操る能力で精霊との契約を通じて生命を生み出すことさえ出来るようになるとか?
それで隼人くんを生き返らせることが出来るってのが妥当な線だと思うのだけれど。この感じだと何だか違うような気がするのよね。
どちらにせよ置いてけぼりを食らうのは癪だ。私はもう一度今までの美奈の行動を振り返り思案していく。
これまでの美奈の行動でおかしな点は正直いくつかあった。
そしてそのほとんどはグレイシーによる暗示の効果によるものだと思っていた。
けれど本当にそうか。私は改めて考え直す。そうではない状況もあったのではないだろうか。
ふと頭の片隅で光が灯ったように閃きが走り抜ける。
「あの……時」
私の脳裏に浮かんだ風景。
それはピスタの街の宿屋で私が目を覚ました時。
あの時も美奈の様子は明らかに変だった。
美奈に呼び掛けても一向に返事がなく、ずっと考えごとでもしているような状態だった。
けれどその後、彼女は不意に急にはっと目を覚ましたような状態になったのだ。
今思うとあれが暗示の効果だとは考えにくい。だって私たちが常に側にいた状況だったのだから。
という事はあれが精霊の力による何らかの影響だったのかもしれない。
美奈が気づいた時どうしたのか訊ねると寝ていたというようなことを言われた気がする。
でも私から見たらその時の美奈は明らかに寝ている様子ではなくて。
そしてその後美奈は時間を確認していた。
それから私は美奈が腰に着けている懐中時計が気になって……。
「まさかっ……!」
その時私の中でも完全に一つの答えが導き出されたのだ。




