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「……?? こりゃ一体何だ? ……何が起こったんだよ……」
工藤は全く得心が行かず半ば放心気味に今の状況を見つめる。
だがそれはポセイドンも同じであった。ここに来て初めて意外そうな顔を見せたのだ。
それもその筈。今しがた工藤が放ったドラゴニックブレイズ・ブルーインパルス。その技がほんの瞬き程の間に目の前から消えたのだ。しかもそれは何かの力で相殺されたという類いのものでは無い。
本当に、始めから無かったかのようにその存在自体が消えていた。
そしてポセイドンが放り投げ、地に倒れ伏すアリーシャに近づいく一人の影があった。
「椎名!?」
少し離れた距離で高野と揉み合いになっていた筈の椎名が目の前にいた。更に後ろに気配を感じ振り返ればそこにはもう一人の仲間も立っていた。
「!? ……高野!?」
しかも驚くべき事に彼女は、自身の魔法による傷もすっかり癒え、元気な姿なのだ。
助かった事は素直に喜ぶが流石にこれには工藤も驚きを隠せない。
「だ、大丈夫なのか!?」
「うん、心配かけてごめんね? もう大丈夫だよ?」
いつもの優しい笑みを浮かべる高野の様子を見て心底安堵する工藤。
「貴様達……。一体何をした?」
ポセイドンが不意に呟く。そこに笑みは無く、椎名を見つめる瞳は冷たく仄暗い。
「いちいち答える義理はないわね。ただ、これがどういうことなのか、後々身をもって知ることになるだろうから? 楽しみはその時に取っておくってことでいいんじゃない?」
「……気に入らぬな。人間風情が我を前にしてそんな余裕な態度を取るなど」
「そんなに怒らないでよ。今相手してあげるから。その前に」
アリーシャを抱えた椎名は高野の元へと戻ってくる。高野がアリーシャの体に手をかざしたかと思うと光が発生し、光が消えた直後アリーシャは目を覚ました。
「私は……?」
アリーシャは皆に見つめられながら不思議そうな顔をした。
「アリーシャおはよ。とりあえずこれ飲んで」
アリーシャの物は先程ライラとの戦いの後二本共消費してしまっていた。
なのでこれは美奈の持っていた物であろう。彼女の持っていたポーションは一つがマジックポーションなので残り最後の一本だ。
隼人もポーションとマジックポーションを一つずつ持ってはいたが生憎戦闘の最中に瓶が砕けてしまっていた。まあどちらにせよ死人の持ち物を漁るような真似はしなかったであろうが。
「そうか……私は……」
アリーシャはポーションを飲み干しながら一時は途切れた記憶甦ってきたようである。体力は回復を見たがその面持ちは暗いものであった。視線の先にポセイドンを捉えている事からもそれは充分に伺い知れた。
それでもアリーシャは自身の足で立ち上がりポセイドンの方を向いた。
これにより一時は工藤だけとなっていたこちらの戦力が一気に四人となった形だ。
だがここまで不気味であった。
ポセイドンがここまでの一部始終を何の手を下して来る事も無く黙して見ていたのである。
先程から邪魔所か全く声を掛けて来る気配すら無い。
「ポセイドンだっけ? 私たちを黙って回復させるなんて随分と余裕じゃない」
そんなポセイドンに真っ先に声を掛けたのは椎名である。終始思案顔だったポセイドンは少し笑んだ。
「フ……小娘。調子にのるでない。貴様らがここで回復したところでこの先の結末が変容する道理は無い。寧ろここで回復させておいて再び貴様ら全員を返り討ちにする方が、より濃密な絶望を味合わせられると判断したまでのことよ」
「あ、そう。じゃあお言葉に甘えて全員であなたを叩き潰させてもらうわね」
椎名はそう言いながら拳を胸の前でバチンッと合わせた。そして片目を瞑る。
「でもね、けっこう気になってるんじゃないの? ここまでの不可解な流れ。聞きたいと思わない?」
椎名が不敵に笑う。
「……ほう。成る程、良かろう。我を楽しませられそうな話なら聞いてやろう」
そんな彼女の物言いにポセイドンは興味を引かれたのか不敵に笑んで返したのだった。




