5-9
「……!?」
涙で霞む視界。それが突如として暗い色にその景色を変える。一度涙を拭い周りを見渡す。この場所は私には見覚えがあった。
「……精神……世界」
全く同じでは無いけれど、以前シルフと契約を結んだ際に訪れた場所と似ている。周りの全てがグレイな色に映っている。私自身の体までも。
しかし変だ。ここに私たち人が来ることが出来るのは精霊との契約を交わす時。もしくは三級以上の魔族に連れられた時くらいしか私の情報では思い当たらない。今がそのどちらかなのだとしたら一体どちらだというのか。考えられる事は一つじゃない。
けれど今一つ嬉しい誤算が目の前で起こっているのは確かだ。
私の腕の中には今も美奈が横たわっているのだ。
気を失ってはいるようだけれど、美奈の顔や体は血の気は引いているものの不思議と先ほどのような火傷を負ってはいなかった。
ここは精神世界だから生身の肉体とは違う、いわゆる精神そのものがここに在るからなのだろうか。
だとしても若干呼吸は弱々しくはあるものの、彼女の体から確かな温もりが伝わる以上、未だこの世に生を受けていることは確か。どういう原理かは分からないけれど、少なくとも彼女は今こうして死なずに済んでいるのだ。
私は次の行動に入る。一つ一つ考えられる可能性を潰していくのだ。
注意深く周りを見渡す。そこに魔族の影は微塵もなかった。少なくともこれはポセイドンの力によるものではないのではなかろうか。
その時だった。
美奈の身体から突然光が放たれ始めた。
そしてさらに煙のように靄が立ち上がり、美奈の身体が急速に熱くなる。
「あつっ……!? え? ……これって、まさか?」
私は美奈を地面に横たえ、一旦経過を見守ることにした。
「一体何が起こっているの……?」
流石の私もこれには頭がついて行かない。なぜ今こんな現象が起こっているのか。
けれど今美奈の身に起こっているこれは紛れもない。
「覚醒……!」
確かに覚醒が一度しか起こらないなんて決まりは無い。二度目の覚醒が起こったからといって何ら驚く事は無いのかもしれない。覚醒については不確定な部分が多いのだから。
私はそう思いつつ息を呑んだ。
もしこれが本当に覚醒だというのならば、これから起こり得ることは二つある。
一つは美奈が今以上に強くなる。身体能力や精神力が強化され、きっと今以上の力が手に入るのではないか。
そしてもう一つはそれによって傷が癒えるのではないかということ。
先ほど美奈は自身の魔法で自分自身を攻撃し、瀕死の状態だった。間近で見ていてもう助からないと思える程に。しかしその状態から脱せる可能性が大いにあるのではないだろうか。
私はほんの少し希望に胸を踊らせながら美奈の様子を伺っていた。
しばらくすると光は収まり、やがて彼女の目がゆっくりと開かれた。
「美奈!」
私は思わず美奈に抱きついた。一度引っ込んだ涙が再び私の瞳から溢れる。もうダメだ。私、泣いてばっかり。
「めぐみ……ちゃん?」
美奈はそんな私の背中をぽんぽんとあやすように軽く叩いた後、何かを思い出したように体が強ばるのが分かった。
色々と察したのか彼女は私と同じように背中に回した手に力を込めて私を抱きしめた。
「めぐみちゃん! 良かったっ……! 本当に良かったよ……」
しばらくお互いの温もりを感じながら再会と無事を喜び合った。
大丈夫だ。美奈が助かった。今回は本当に失ってしまったかと思ったけれど、何とか助けることができた。いや、助けたというより結局は美奈が自分自身でこの危機を乗り越えたのだ。
ともあれ本当に、本当に良かった。
「フォッ、フオッ、フオッ」
「何っ!?」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには変わった格好をしたおじいさん? がいた。
背丈はせいぜい一メートルくらいだろうか。まるでレトロな置時計のような体に手足が生えており、杖を持っている。そのおじいさんは穏やかな笑顔を浮かべ私たちを和やかに見ていた。
「ようやく目覚めることができたわい」
その見た目から私は想像した単語を口にする。
「……精霊?」
「そうじゃ。シーナといったかのう。ワシの名はオリジン。お主の推察通り、ミナの中におった精霊じゃよ」
嬉しそうに微笑む精霊オリジン。ここに来て美奈の精霊にお目見えするとは思っていなかったけれど、私はこの邂逅にほんの少しここからの戦いに希望を持てるんじゃないかって。安直かもしれないけれど思った。
この後私たちはこの精霊から色々な話を聞くことになる。
そこには私たちにとって衝撃的な内容も含まれていて。
そして美奈はオリジンとの正式な契約を交わし、私たちは再び戦いの場へと身を投じていくことになるのだ。




