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「……は? 何だこりゃ……?」
工藤は思わず声を洩らす。今目の前にいたはずの椎名と高野。その二人が忽然と姿を消したのだ。
アーバンとリットの二人もこれには驚ききょろきょろと慌てふためき周りを見回している。
「はーっはっはっ! 愉快である。自身の魔法で自滅した愚か者。その女もろとももう一人も消えてしまいおったわ!」
「は? ……てめえ、いい加減にしろよ?」
工藤はポセイドンの嘲笑やいちいち人を小馬鹿にした物言いにキレた。そんな工藤をだがポセイドンは涼し気な顔で眺めている。
「ふむ……ではお前もそろそろ死ぬか?」
「っ!!?」
突然耳元で囁かれた声に、瞬時に飛び退く工藤。まさか目の前にいた筈の相手が一瞬にして自身の横に来るなど誰が想像するだろうか。
気づけば体の半分が氷漬けにされてしまっていた。
不敵に笑うポセイドン。
「フフフ……永久凍土の中に閉じ込めて、仲間の元へと送ってやろう。これでめでたくハッピーエンドだ」
「くっ……!!」
工藤は本来ならば恐怖すら覚えるこの状況でそんな感情には屈しなかった。
寧ろポセイドンの事が疎ましいという気持ちから自身の感情は昂り、その力が直接的に工藤の能力を爆発的に駆り立てた。
「舐めんじゃねえぞっ!! ポセイドン!! はああああっ……」
「ほお……」
気合いと共に工藤の体を灼熱の炎が包み込む。
それによりあっという間に氷漬けになった手足は炎で溶けていく。それを見て感嘆の声を洩らすポセイドン。
「おい、騎士の二人っ! 聞こえるか!」
少し離れた所に位置する二人に工藤が呼び掛ける。
「お前ら! この広間にいるやつらをどっかに避難させてくれ! こいつらがいると思いっきり戦えないんだよ!」
ここには王を始め、近衛兵など気絶している者もいる。もし工藤がこのまま本気で炎や地の力を解放したならば、皆を巻き込まないという保証は無いのだ。寧ろ一瞬にして消し炭に変えてもおかしくは無い。
「……分かった、連れていこう」
アーバンはそれを了承。直ぐ様リットと二人で王や近衛兵をこの広間の外へと移動を始める。
だがそんな悠長な行動を易々と見過ごすポセイドンでは無い。
「フフフ……そんな事をせずとも、皆殺しにしてしまえば良いではないか」
予想通りのポセイドンの反応。
彼女は氷の散弾を無数に生み出し、それを騎士とアンガス、引いてはアーバンとリットに向けても放った。
「くっ……!」
アーバンとリットはその氷の散弾を直ぐ様剣で応戦しようとする。
だがその散弾は自分達へ届く前、その全てが炎に包まれた。そしてほんの一瞬でそれらは空中で霧散していく。
やったのは勿論工藤である。彼はポセイドンを力強く睨み付けた。
「おい……なめてんじゃねえぞ。まずは俺を倒してからだろーが!」
終始人間を嘲笑うかのようなポセイドンの言動、行動、その全てに怒りを膨らませる工藤。
だがそんな工藤のプレッシャーなどポセイドンは物ともしない。涼しい顔で見つめ返す。
「フフフ……まあよい。雑兵には興味がないのでな。最後に残った勇者の頼みくらい聞いてやろうではないか」
そう言い素直に攻撃の手を止めるポセイドン。勿論警戒の手を緩める訳は無い。だがそこからはその言葉通り、皆が広間の外に出るまで何もする事は無かった。
最後アーバンが工藤に助力を申し出たがそれも断り、遂に広間には工藤とポセイドンの二人だけとなった。
不敵に工藤を見つめ、薄く笑うポセイドン。
「さて……サービスだぞ? お望み通りの状況を作ってやったのだ。我に感謝するがよい」
「ふざけろ……今、消し炭にしてやる。……はあああああああああっ……!!」
工藤は心の底から湧き起こる情動に任せて今日三度目の炎竜を顕現させた。
とぐろを巻き、赤々と灼熱の炎をその身から噴き出させたドラゴン。その竜は工藤に力を注がれる程に燃え盛っていく。まるで竜の嘶きのように炎は猛り、凄まじいまでのマインドを注入されたそれは、超高熱の滾りを生み出し、やがて自らの色を青く変貌させた。
「ほう……?」
「これで決めてやるよ」
相変わらずのポーカーフェイス。工藤の技に対応する素振りすら見せない。余程自分の力に自身があるのかと工藤は腹立たしい気持ちになる。
だが魔族一万を葬り去った時のものよりも遥かに濃密なマインドが込められているのだ。
少なくとも無傷でいられる訳が無い。
工藤は最後にいなくなってしまった友の事を思い浮かべながら、万感の想いを込めて青い炎竜をポセイドンへと向けて一気に解き放った。
「ドラゴニックブレイズ!! ブルーインパルス!!」
一直線にポセイドンへと迸る炎竜。広間の中はまるでサウナのように室内の温度を急速に上昇させていく。
それでも何もする様子が無い。玉座の前に佇んだまま動きを見せない。いや、正確には玉座の横にいるのか。
それを認識した瞬間工藤の脳裏に違和感が走る。ポセイドンは何故今あんな所にいるのか。少なくとも奴は先程玉座の前にいた筈では無かっただろうか。
そんな疑問がふと浮かび上がる。
そしてそう思った瞬間ポセイドンの口元が大きく歪んだ。
「馬鹿め! アリーシャはここだ!」
突然玉座の後ろからアリーシャが姿を現す。彼女を盾にするように目の前に突き出すポセイドン。
「何だと!?」
先程工藤は確かにアリーシャを連れていく姿を見た。だが目の前の彼女は間違いなくアリーシャにしか見えない。
浚巡する工藤。そしてそんな工藤の考えを読んだかのようにポセイドンは答えた。
「さっきのアリーシャは我の魔力で生成した偽物よ!」
「何だと!? しまったあっっ!!」
顔に嬉々とした笑みを張りつかせながら、ポセイドンはアリーシャを炎へと放り投げ、自身はそこから離れ距離を取ろうとした。
工藤は何とか炎竜を制御して止めようと躍起になるが、手から離れたボールを自分の手に戻せないように、炎が逆流する筈も無かった。
「くそっ!! 止まれねえっ!!!」
せめて軌道を変えようとも試みるが、勢いづいた炎竜は急な方向転換すら出来そうも無い。そもそもそんな細かな調整が出来る程工藤は精霊の力を使いこなしていないしまだまだ時間も足りていないのだ。
愕然とする工藤。
ポセイドンが悠然と彼をを見て笑う様がスローモーションで目の端に映る。
「ちくしょおーーーーーーーーっ!!!!」
工藤の叫び声に更に表情は恍惚の輝きを放つ。
「愉快だっ! 実に愉快だっ! はははははははっ!!!」
笑っている。楽しそうに、愉しそうに魔族が笑っている。今にも踊り出しそうな程に充足感に充ちた表情で事の成り行きを見つめている。
工藤は思う。
自分はまるで手のひらの上で転がされているだけの道化だと。




