5-7
「美奈……どうして?」
「めぐみちゃん……よかった。親友を傷つけないで……」
美奈は私に笑顔を向ける。
けれどその表情に力はなく、焼け焦げた肌が悲壮感を漂わせる。
彼女は私の目の前でゆっくりとくず折れた。
「美奈!」
慌てて駆け寄り彼女を支える。
彼女は魔法によるダメージから気を失いかけていた。
呼吸は弱く、肌の至る所が黒ずみ、焼け焦げ、彼女の透き通るような白い肌は見る影もない。
「どうして……どうしてよ……」
繰り返し問う私の言葉に意味なんてない。ただ彼女に何か声を掛けたかっただけ。
目の前がぼやけて彼女の表情がはっきりと見えない。
そんな私の頬に彼女の手が添えられた。
震えるその手を私はすぐさま握りしめる。
手に力を加えた拍子に、ますます涙は溢れて唇がわなないた。
彼女が放ったライトニング・ジャッジメントの行き先は私のはずだった。
けれどその魔法は私ではなく美奈自身に降り注いだのだ。
もちろん彼女自身の意思で。
言うなれば美奈は自身に掛けられた暗示に強い心で打ち勝ったのだ。
その代償は決して小さくはなかったけれど。
「ごめんね……めぐみちゃ……ごほっ、ごほっ! がふっ……!」
「美奈っ! しゃべんないでっ! しっかりっ!!」
口を開いた美奈の口から赤い血が溢れ落ちた。
アーバンさんが横に来てしゃがみ、美奈を見つめた。
彼はしばらく黙って美奈を見つめた後、二回ほどゆっくり首を振ったのだ。
「は……? アーバンさん? 何よそれ? 早く、ヒールをっ!!」
「っ……!」
目の前は霞んでよく見えない。
焦点が合わない。
いや、この際私の視界なんかどうでもいい。
アーバンさんが私の言うとおりに行動してくれれば、それでいいのだ。
「早くっ! アーバンさんっ! 何してるのよっ! あなたは騎士なんでしょう!? 倒れて傷ついてる人を放っておくの!?」
半ば半狂乱になった私の言葉にアーバンさんは息を呑んで少しの間佇ずんでいた。
アーバンさんは固く目を閉じ、やがて覚悟を決めたように美奈の体の上に手を置いて再びヒールを唱え始めた。
そう。それでいいんだ。
そこに一切の浚巡なんて必要ない。
今はとにかく目の前の彼女の傷を治すことに注力さえすればいいのだから。
焼け焦げた肌は少しの癒えを見た。ほら、治ってきてる。
「ほら、少し治ったじゃない。これを繰り返せばきっと元通りになるわ、いつもの元気な彼女に……回復できる━━っ」
声がうまく出てこなかった。
何も見えない、聞こえない。
頭ががんがんして、軋んでもう壊れそうだった。
いっそ壊れてしまいたい。
私は涙を一度拭い、彼女の手を強く握りしめた。
美奈はそれはもう穏やかな顔で目を閉じていた。
それがあまりにも美しくて、涙が止まってはくれなかった。
「美奈……美奈……絶対、良くなるから」
二度目のヒールの輝きが、彼女を神秘的な妖精のように見せる。
美奈はいつだって可愛くて、おしとやかで、優しくて。
私なんかよりよっぽど生きる価値のある子なんだ。
こんな所でなんて、絶対あり得ない。あり得ちゃいけないんだ。
「めぐみちゃん……もういいの」
呟くように弱々しい彼女の声。
それがまるで私の脳内に直接響いてくるみたいに、鮮明な輪郭を持って耳に届く。
頭が真っ白になる。
「は……? 美奈……何言ってるの? 言ってる意味がよく分からない……? だって……だってまだ怪我が治ってないじゃない」
そんな私を見つめるでもなく、美奈はただ穏やかに目を閉じ首を振る。
いや、実際には首が微かに横に震えただけ。
きっともうまともに首を振る力さえないのだ。
「私は……理由はどうあれ隼人くんをこの手にかけてしまった。この世界中で、誰よりも大切な……あの人を」
「……っ!!」
私は美奈の言葉に何も言うことが出来なくなってしまう。
同時に手がカタカタと震え出す。腕に、お腹に、足に。身体の全てに力が入らない。
怖くて、今が受け入れられなくて。どうすればいいのか分からない。
また蹲ってしまいそうだった。
やっと折れた心を立て直して繋ぎ止めてここまで来たというのに。
一体、一体どうすれば良かったっていうの?
「美奈……ダメ……あきらめちゃだめよ。……まだ……まだ終わってなんていないんだから……」
そう言いながらも心は裏腹だった。
ずっとただただ止めどない涙が溢れて、そんな私の言葉を否定してくるのだ。
止まれ……涙なんか止まってちょうだい……もうとっくに全部枯れたでしょ?
「私は皆がいるからもう一度立ち上がれたのに……。今もあきらめないでいられるのに……。美奈……あなたがあきらめないでよ。……あきらめたりしないでよ……」
「ありがとう、めぐみちゃん。私……めぐみちゃんが大好き」
「━━うっ……! やめてよもうっ! ……美奈っ……みなあっ……! いやだっ……絶対にいやだあっ!!」
私は美奈を力いっぱい抱きしめた。
けれど抱きしめる腕には一切の力が入らなくて。
美奈の身体に残る微かな温もりにすがった。
胸が張り裂けそうなくらい苦しくて、すがることしかできなくて。
神様。
もしこの世界に神様がいるっていうのなら、私の代わりにどうかこの子を助けてほしい。
もう何かを失うことが怖くて辛くて、どうしようもないのだ。
「━━ああああっ……!!」
もういやだ。こんなの夢だ。
目を開ければいつもと変わらない彼女の笑顔があって、隼人くんがいて工藤がいて、夏休みの終わりに皆で宿題をしているあの瞬間に戻ってよ。
こんな世界、もう一秒でもいたくない。この世界は私から大切なものをたくさん奪っていく。
もういや、もうたくさんなのよ。
━━こんなっ……。
もっと私に力があれば……。
皆を守れるだけの力が。
私の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていく。
まるで私の想いを全て詰め込んだ水晶玉のように。
この涙が枯れ果てたら私はまた立ち上がるのだろうか。
もう無理だ。
こんな、何もかも失って。
戦う力も心ももう私にはこれっぽっちも残されちゃいない。
ぽたぽたと彼女に零れ落ち続ける涙。
私は霞む視界の中で、ふとその涙が何かに触れて弾けたのを見た。
あれは美奈の腰に前から提げられていた物だったと思う。
それは何だっただろう。
どうしようもなく荒んだ心の中で、私は最後の最後でそんなどうでもいいことを思ったのだ。




