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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
ヒストリア王国最後の激闘編
233/1062

5-3

「椎名! あんまり無理するな!」


工藤くんの静止はスルーして、とにかく私はまずこの状況を動かす事に決めた。

無謀なのは百も承知。シルフの力も持たずして二級魔族に勝てる道理なんて無い。命の危険すらある。

けれどこのままポセイドンと話し込んでいていい方向に事態が向かうとは到底思えなかった。

半ば強引に、無理矢理にでも場を戦いの状況に持ち込んで皆を戦いに集中できる環境に移すべきだと私の直感が告げている。

いや、結局それはただの言い訳なのかもしれない。

本当はただ目の前の敵がこのままニヤニヤと下卑た笑みを張り付かせて佇んでいることが我慢ならないのだ。

私たちの大切なものを奪ったこの魔族に裁きの鉄槌を下したかった。結局冷静に冷静にと言い聞かせても、本来の私はかなり直情的でそうはなりきれないのだ。

魔族はやっぱり許せない。本当に心の底から胸くそ悪くて吐き気がする。

こんな生き物がこの世界でのうのうと生きていていいはずがないのだ。

目の前に迫るポセイドンを見据え、私は走りながら左手に風のマナを集める。詠唱なしで頭の中に先ほどの風の魔法をイメージ。そして解き放つ。


「ウインド!」


力ある言葉と共に、私の左手から突風が放たれた。目の前の空気をうねらせて、風の魔法がポセイドンへと突き進む。

私はそれと同時に横に跳ぶ。そして右手に装着したユニコーンナックルで周りから攻撃が来ても叩き落とすように警戒も怠らない。

むしろこんな出がらしの攻撃、最初から当たるとも思っていない。

それよりもポセイドンからの反撃を食らって初っぱなから戦線離脱、なんてしょうもないことにだけはならないように注意を払う。

けれどそんな私の考えとは裏腹に、ここで予想外の事が起きた。


「きゃあっ!!」


ポセイドンは見事に私の放った魔法をその身に受け、きれいに吹き飛んで奥の壁へと激突したのだ。


「……えっ?」


「あ……。いた……い」


その結果に思わず立ち止まる私。後ろで動こうとしていた工藤くんやアーバンさんたちも面食らったように再び歩を止めていた。

私はこの事態に浚巡する。これは一体どういう事だ? こんなのおかしい。明らかに弱すぎる。

それに初歩の風魔法程度が魔族に通用するはずは無いのだ。

それにほんの少ししか言葉を発してはいないけれど、今彼女の口調が変わったように思えた。

そしてこの瞬間のポセイドンからは先ほどまで放たれていた絶対的な存在感みたいなものが喪失している気がするのだ。

苦しそうにうめき声を上げる目の前の少女。これではまるで。


「フィリア!? まさか正気に戻ったのではないか?」


「……アリーシャ……様?」


ここまで黙して動こうともせずこの状況を見ていたアリーシャ。そして彼女の声に反応するポセイドン。というかもう気のせいなんかじゃない。

彼女の今の反応はもはや本来のフィリアそのものだ。

これはフィリアがまだポセイドンの中で生きていると考えていいのだろうか。

この雰囲気は明らかにさっきのフィリアの振りをしていた時とは違うように思えてしまうのだ。

私たちがピスタの街へと向かう道中共に旅をしたフィリアそのものだと。

私はこの状況に歯噛みする。

こんなフィリアを目の当たりにしたら、嫌でも私たちの心の中に希望の光が灯ってしまう。迷いが生まれてしまう。

明らかに罠だと分かっていても、もしかしたら彼女を助けられるんじゃないかって。

そしてそんな希望を目の前にぶら下げられた状態の私たちはきっと戦いに集中できなくなる。こんなのろくでなしな考え方だと分かっていても、今の状況を素直に喜べない私がいた。

そんな矢先にフィリアに駆け寄っていくアリーシャ。


「アリーッ……」


それはいくら何でも早計すぎるとは思いながらも彼女を引き止めようとする声を飲み込んでしまう。

何て悲痛な横顔をしているんだろう。そこにいつものアリーシャの凛とした面影は無くて。そんな彼女を目の当たりにして、出しかけた言葉を飲み込んでしまったのだ。

私は堪らなくなって思わず目を伏せてしまう。


「危ない!」


「!?」


その時突然アーバンさんが私を体ごと突き飛ばした。

その直後、私のいた場所を一本の矢が掠める。矢の飛んできた方を見れば、そこには弓を構えた美奈が立っていた。


「美奈っ……」


名前を呼ぶけれど全く反応が無い。そして彼女の瞳は虚ろだった。

最初から気づいていた事だ。美奈が正気では無いということは。

そして今はっきりとした。美奈は今、私を本気で自身の弓で射殺そうとしたのだ。

アーバンさんに助けられていなければ今頃どうなっていたか。

私は少しでも周りに気を配ることを疎かにした自分を悔いる。美奈も何とかしなければならない問題の一つなのだ。

彼女は今魔族の手によって操られている。そして断言する。隼人くんを殺したのは美奈だ。

その言葉を改めて心の中で呟き胸が苦しくて締め付けられる。

きっと隼人くんは美奈が操られていることに気づけず、全く無防備な状態であの大魔法、ライトニング・ジャッジメントをその身に受けたのだろう。

きっと即死だった。彼女の裏切りの行動に気づかず逝けたことを幸運と形容するべきか。

目の前に倒れている黒焦げの人の形をしたもの。それが隼人くんの変わり果てた姿なのだ。

さすがに平静を装いきれず、沸々と怒りが込み上げて、吐き出す息が荒くなっていく。もう限界だ。


「何て……何て残酷なことをっ……!!」


「おいっ椎名っ、高野まで! ……一体どうしちまったんだよ!?」


工藤くんが私の元へ駆け寄ってくる。美奈の虚ろな表情を見て動揺し、戸惑っている。


「魔族……私の大切な物を守る」


虚ろな眼差しのままそう呟く美奈。その呟きによって私は全てを察し、改めて魔族の恐ろしさを思い知らされた。

ここまでして私たちの心を書き乱すなんて。

今回美奈をこんな状態にしたのはあのグレイシーという魔族だと考える。

今にして思えば三級魔族という階級にいながらも、彼女はそこまで強くはなかった。

下手をすれば四級魔族の方が強いのではないかと思うほどに。けれど彼女のフォルムは例外なく異形な四級魔族とは異なり普通の女性を思わせる姿だった。その事からも決して四級魔族では無かったんだと思う。

ではその程度の強さでなぜ三級魔族なのか。

これは仮説に過ぎないのだけれど、魔族の階級というのは単純に力の強さだけでは無いのではないだろうか。

知力も段々と上がっているようにも思えるし、魔力や精神力、その他特殊な能力に目覚めることによっても魔族の力は上がっていく。そんな所ではないかと私は魔族の特性をそう解釈した。

彼女は元々魔物を操る能力を持っていた。人を操ることが可能であっても何らおかしくはない。

というより本来人を操る能力というのが本命の能力と言ってもいい。

グレイシーの本当の目的は美奈を操ることだったのだ。

けれどなぜ美奈だけを操ったのか。

それは簡単だ。全員を操っても人間の負の感情を生み出せないから。まともな人とそうでない人を作ることによって私たちの心を書き乱し、混乱に陥れる。

はたまた同士討ちを誘い、哀しみや苦しみといった感情を誘発するのが狙いだろう。魔族は結局人から生まれる負の感情というものが大好物らしいから。

あと考えられるのはグレイシーよりも純粋な力で劣る者しか操れないとかそんな所ではないだろうか。

だから私たち四人の中で身体能力的に最も劣る美奈が選ばれたのではないだろうか。

そして何度か接触を謀り暗示を掛け、魔族と自分の大切な物を入れ換えた。

私がピスタの街を出る直前に隼人くんたちと合流した際、美奈の近くに感じた不穏な影はやはり間違いではなかったのだ。

私が駆けつけた頃には精神世界に逃げられて、確信を持つことができなかったというわけだ。

そして結局私たちは魔族にまんまと欺かれ、隼人くんは美奈に殺された。完全に魔族の描いた筋書き通りになってしまったのだ。

今現在美奈に掛けられた暗示。それは魔族は守るべき存在。それ以外は敵、みたいなものだと考える。


「美奈……」


彼女の名前を呼んでも瞳は虚ろなまま。小刻みに震える体が一層悲痛に思えてくる。

本当につくづく思い知らされる。

魔族は心から忌むべき存在だ。

絶対にこの世界にのさばらせてはいけないと心から思う。

私は再び拳を強く強く握りしめる。

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