5-2
ぞくりと背中に怖気が走り、強者と向き合った時特有のプレッシャーが肌にひりつく。
そして今いるこの空間がまるで海の底のように息苦しいと感じるのだ。
重い。とてつもなく重い。
「フフフ……我が名はポセイドン。魔族の中でもより崇高な存在である。喜べ。貴様たちを我の手で直々に葬ってやろう。せいぜい最期に恐怖と憎悪の感情の波を引き起こすがよい」
「っ……!!」
はっきりと視認できるほどの黒いオーラがポセイドンの身体から立ち上り、止めどなく溢れる。
今まで出会ったどんな魔族や魔物よりも遥かに禍々しい。
こんな力を見せつけられて、恐怖の感情を抱かない方がどうかしてる。今まで出会ってきた魔族、レッサーデーモンや四級魔族、ライラやホプキンスといった三級魔族よりも遥かに禍々しい。これはもう二級魔族と言ってもいいのではないだろうか。
魔族をそういった風に棲み分けはしているけれど、私たち人間の中で確かな基準がある訳じゃない。それはせいぜい四級魔族までの事だ。そこから上位の魔族はむしろ何も無いと言っていいんじゃないだろうか。
そもそも人は古来から魔族と争う経験が少なすぎた。過去五百年の間は魔族も大人しくしていたのか、四級魔族くらいまでの事例しか無いらしいのだ。
なので確定的なことは一切言えないのだけれど、私は目の前の魔族を二級という括りの中に入れることにした。自分の中でもある程度の基準は持たないとややこしいから。
「う……嘘だ。これは一体どういう事なのだ? フィリアは私の幼なじみなのだぞ? 小さい頃から共に育ってきた。フィリアが魔族な訳が無い……」
アリーシャが不安と焦燥が入り交じった声で呟く。
色濃い動揺が彼女の身体をわなわなと震わせていた。ライラの件もあったばかり。無理もない。
「フフフ……アリーシャか。中々美味な感情ぞ。もっとだ。もっと我を喜ばせよ」
フィリア、いや、ポセイドンはそんなアリーシャの表情を見て満足気に頷く。
私たちの負の感情を味わっているかのように舌舐めずりをして、その瞬間更に彼女を包むどす黒いオーラが増幅していく。
それはまるで私たちが負の感情を出せば出すほどパワーアップでもしているかのようにすら見える。
「は? 何なんだよこれは……?」
工藤くんの呟きにポセイドンは今度は彼の方視線を向けて更に笑む。
それはまるで一人一人、私たちを品定めでもしているかのよう。
「フフフ……クドーと言ったか。まだ解らんか。仲間一人を失って尚もこの阿保面とは……フフフ……呑気なものよのう」
「は? 何言ってんだ? 仲間一人失う? 何のことだよ?」
私はポセイドンのその言葉に緊張感を走らせる。嫌な予感が身体中を駆け巡るのだ。これ以上彼女に話させるわけにはいかない。
そう思った矢先、スッとポセイドンが床に倒れている人。いや正確には黒焦げで変わり果てた姿の、人だった者に対し指を指し向けた。
その動きを見るより先に、私は半ば反射的に体の方が動いていた。
「ウインドッ!!」
まるで自分がやったかどうかさえ不確かなほどに、私の口から力ある言葉が解き放たれる。
私の掌から風が生まれ、その風力で瓦礫や私の衣服がバタバタと揺れ、その結果ポセイドンの言葉は喧騒に欠き消された。
そこに皆の注目が私に集まり、視線が一斉に注がれる。私は短く息を吐き捨てる。
「うるさいのよ! よくも私たちをいいように弄んでくれたわねっ! ……私はあなたを絶対に許さない!」
ポセイドンに噛みつく私。
今一得心のいってない工藤くんをちらと見やった後ポセイドンに再び目を合わせる。
そして大きく息を吸い込み再びあらん限りの声で叫んだ。
「皆! コイツの話を聞き入れないで! そうやって私たちの負の感情を呼び起こすこと自体がコイツの狙いなのよ! 全ての問題に向き合う前に、先ずは皆でコイツを倒すのよ!」
これ以上いらない情報を仲間に与えない方がいい。皆の心が揺さぶられる前にこの魔族を叩くべきだと私の直感が、理が警鐘を鳴らす。
私は右手に嵌めたユニコーンナックルに魔力を宿す。これだけのメンバーが揃っているのだ。相手がどんなに強い魔族だろうと絶対に勝てるはず。
私は覚悟を決めた。そして地を駆け風のごとく先陣を切り、目の前の敵ポセイドンに迫ったのだ。




