幕間 ~三級魔族、グレイシー~
グレイシーという三級魔族は単純な力や戦闘力で言えば、四級魔族か、下手をすればそれ以下の力しか持ち合わせてはいない。
自分自身の力が三級魔族のそれへと変貌を遂げた際にその力の大半は、戦闘力以外の部分に割かれてしまっていたのだ。
グレイシーがまだ四級魔族だった頃、いつからだろうか全ての生きている者に対して核のようなものが見える力があった。
それが何なのか、最初のうちは特に気に留める事もなく、風景と同じように扱っていた。
だがある時自分に襲い掛かってきた魔物に対し、咄嗟に放った一撃がたまたまその核を貫いたのだ。
それだけで、生命力の高い筈の魔物が簡単に事切れた。
さほど攻撃力の高くないグレイシーの一撃で。
これを目の当たりにしたグレイシーはこの日からこの核に対しての検証を始めた。
核を傷つけるとどうなるのか。
核の質を変化させる事は出来ないのか。
核を取り出したり、それを別の生き物や物質に植え付けるとどうなるのか。
そういう検証を続ける内に、いつしかグレイシーは自分以外の生き物を、ある一定の条件を満たせば操れるようになっていった。
とはいってもこれは一種の暗示のようなもの。
例えば目に留まる生き物全てに襲い掛かるだとか。人間を見たら逃げるだとか。そういった単純なものだ。
そしてその条件とは。
自分よりも弱い、若しくは自分が相手よりも強者だと思わせ、その者の目を見て念じる。若しくは自分の身体の一部を相手に与える事だ。これは血や、肉片や、何でも構わない。
そう言った検証の結果、グレイシーは自分の周りにいつしか数百体にも及ぶ魔物の群れを従えていた。
とはいっても基本的には魔物は群れないし、余りにも大きな集団を形成してしまうと人間の強者に討伐されてしまいかねない。
なので行動はあくまでもひっそりと行っていた。
たまに数体の魔物を操って人を襲い、負の感情を炙り出し、自身の糧とする程度だ。
そしてそこから数年の月日が流れて今から1年程前。
魔物と同じような自身の身体に変化が起こった。
体から殻が剥がれ落ちるように表面が崩れていき、その下から人間の女のような褐色の肌の身体が現れたのだ。
それと同時にグレイシーは身体から溢れる禍々しい力を実感し、打ち震えた。
この力があればどんな者でも操れるに違いない。自分はこの力でこの世界の帝王になれるのではないかとさえ思えた。
「三級魔族へと変貌を遂げたか。お前、名を何という」
突然だった。自分の後ろに悠然と立つ魔族の影。しかしその魔族はどうだろう。自分が今まで見てきたどの魔族よりも醜い姿であった。身体から体液を滴らせ、ペタペタと気持ち悪い音を立てながら歩く。二足歩行ではあるが、手が長く、ヒレのような物が両腕に付いており、海の生き物を思わせた。
グレイシーは思った。何だ、この醜い生き物は。四級魔族風情が偉そうに。
「お前こそ何だってんだい?随分と生意気な物言いじゃないか。四級魔族のクセに」
そう言った直後、グレイシーはその魔族の目を見て身動きが出来ないよう暗示を掛けた。恐らく相手は低能な四級魔族。叫んで取り乱すに違いない、とグレイシーは考えていた。新たな進化を遂げた今の自分の敵ではないと。
だが、実際はどうだろう。
「おい。我が質問をしている」
十分な距離を取っていた。暗示も掛けた。いや、まさかこの状態で攻撃されるなど、という油断があったからだろうか。
「ぐっ・・・、がっ・・・は!?」
グレイシーの首を締め上げる魔族の腕。突然魔族の腕が急速に伸びてきてグレイシーの力など無いに等しい程の力で頭上へと持ち上げられた。どれだけ手足をばたつかせ、振りほどこうとしても一向に剥がせない。
進化を遂げ、強者となったはずのグレイシーをさらに強者であるこの魔族が圧倒的な力で自分の存在を脅かそうとしているのだ。
「我はこれから人間に面白いゲームを持ち掛ける。それにお前の力が欲しいのだ。我に力を貸すかこのまま我に取り込まれて果てるか、好きに選ぶがよい」
グレイシーは三級魔族へと変貌を遂げたという自惚れのような気持ちがあった。まるで世界を手中に納める第一歩を踏み出したような、そんな気持ちを持った。
しかし、それはただの夢物語なのだとたった数刻の間に思い知らされてしまったのだ。
ふとその魔族の核が視界に入った。そこには今まで見たことも無いほどの禍々しさとどす黒い輝きを放つ力強い塊であった。
それを見た時、グレイシーは何故か身体の震えが止まらなくなってしまった。
彼女は気づいてはいなかったが、それは人間で言うところの恐怖というものであった。
そしてグレイシーはこの日から自分の生き方を変えた。
絶対的強者には歯向かわないという生き方に。




