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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
ヒストリア王国編
228/1062

4-55

ユラリと立ち上がったフィリアの瞳は、紅く、不気味な光を讃えていた。

今のフィリアからは魔族を見分ける際に立ち上るどす黒い靄のようなものが揺らめいている。

だが不思議だ。何故今の今までそれが見えなかったのか。何かこの能力の穴を突く原理があるのだろうが、思い当たる事はあれどこれといった根拠は無かった。

ただ今はっきりしている事はフィリアが私が思っていた通り魔族だったという事であった。


「え……? 隼人くん。どういうことなの? フィリア……どうしちゃったの?」


美奈が戸惑いと焦燥が入り交じったような表情で私に疑問を投げ掛ける。

それでもその不安気な顔から、彼女がその核心を見抜いている事を告げている。

それでも信じられないのか、まるで私が最後の頼みの綱とでも言うように、その事を否定ほしいとでも言うように私の服の袖をきゅっと掴んだ。

私は美奈を見つめる。今の状況をはぐらかしても無意味なのだ。ここははっきりと声を大にして告げた。


「美奈……フィリアは魔族なのだ」


「ま……ぞく?」


まるで初めてその単語を口にするかのようなた辿々(たどたど)しさで私の言葉を反芻(はんすう)する美奈。

無理も無い。短期間とはいえ共に旅をし、戦ってきた仲間だ。それが魔族だったという事実を知り動揺しない訳が無い。信じられない、いや、信じたく無いのだろう。心無しか表情も胡乱(うろん)気に見える。

その時ぎりりという金属音が耳に届き振り返る。

フィリアが牢の鉄格子を両腕でひしゃげさせ、外へと歩み出てきたのだ。瞳の紅色が一層その明るさを増したように感じる。

私はバルと共に未だ動揺を隠しきれない美奈を抱き一旦飛び退くようにして距離を取った。

美奈を背にして退かせ、彼女を庇うようにフィリアを睨みつける。


「フフフ……まさか貴様等がここまで辿り着こうとはな。良い、良いぞっ! お前達っ!」


フィリアは満足気に笑み私達を見据えている。その間にも彼女を取り巻く闇のオーラが膨れ上がっていくのが分かった。禍々しい、闇のオーラ。鎮まりかえったこの大広間が重厚な空気に塗り替えられ立っている事すら難しいような心持ちになってくる。


「貴様が今回の件の首謀者なのだな?」


「フフフ……いかにも。我がこのヒストリアの国を滅ぼすゲームのシナリオを描いた。お前達は我のシナリオ通りにうまく動いてくれたものよ。お陰でここまで楽しめた。我を愉悦に浸らせてくれた。その礼だ。喜べ。最後に我自ら相手をしてやる」


手を大きく開き、上体を反らし、天を仰ぐような姿勢を取ると、同時にフィリアの体から更に凄まじい圧が解き放たれる。


「くっ……! こ……これはっ! 今までの奴とは比べ物にならんのじゃっ!」


「……っ!?」


グレイシーを手玉に取ったバルですらそんな事を言う事に衝撃が走る。

かくいう私自身も一瞬にして足が震え、背筋を冷たい汗が伝う。

私のように戦いの経験が少ない者であっても自覚してしまうのだろう。

まるで蛇に睨まれた蛙。

それ程にこの魔族から放たれる圧は常軌を逸しており、私達の行動を制限してしまうようなものであった。

勝てないのではないか。

そんな弱気な思考が頭を過る。

汗が頬を伝う。恐怖でこれだけ汗を掻いてしまうものなのか。

こんな奴を相手にたった三人で挑むなど無謀にも程がある。そう思ってしまう。

強くなった気でいた。

覚醒をしてからある程度訓練をし、精霊の力も手に入れ、それは他の皆も同様で。

喩えどんな強敵が現れようと力を合わせれば何とかなるだろうと。そう思っていた。

何と自身の考えの浅薄な事か。何と自身の考えの楽天的な事か。

やはりこんな戦いに身を投じるべきでは無かったのだ。完全に力の差を見誤ってしまった。

こんな無謀な戦いを挑むなどどうかしている。

何も考え無しだったと言われても仕方無い。


「……ヤトッ! ハヤトッ!!!」


「っ!?」


不意にバルに名前を呼ばれ私は身体をびくんと震わせた。

私は今一体何を考えていた?


「フフフ……呑まれなかったか。……まあよい。こんな事で終わっても面白くも何とも無いのでな」


フィリアが不敵に笑う。

私は何かされていたのか?

いや、ただ単にフィリアの放つプレッシャーに心が呑まれそうになったのだ。人は余りの恐怖や絶望に当てられると自身の心を見失ってしまうものなのかもしれない。それは一種の自己防衛のようでもあり、気絶にも似た現実逃避。

それを、そちらへ向かってしまいそうになる私をバルが引き戻してくれたのだろう。

ふと見ると、バルは私の目を力強い瞳で見据え、しっかりと手を握り締めていた。

そこには必死の形相で私の心を繋ぎ止めようとする確かな光を感じた。


「ハヤトよっ! たとえ相手がどんなに強くとも絶対に勝てるのじゃ! いや、勝ってみせるのじゃ! そう思えっ! どんな相手だろうと、心で負けてはならんのじゃ! 意思を強く持て! お主は決して弱くは無いのじゃ! 出来る! 必ず出来るのじゃっ!!」


これは私とバルが精霊の契約で繋がりがあるからだろうか。彼女の叫びが深く深く心に染み込んでいくようであった。そして彼女と私の想いがシンクロしていくような、そんな不思議な心持ちになっていくようだ。

そして思う。

この世界は確かにそういう風に出来ている。

心が、心さえ強くあれば、自分自身を信じ抜く事が出来れば、きっと何だって出来るのだ。

少なくとも私はここまでの戦いでそう感じている。確かな確証は無いがバルの言う事は概ね正しいのだと、それがきっとこの世界の理なのだと思えるくらいは経験を積んできたのだ。

そう思えた瞬間、心に一つ小さな灯が点る。喩え小さくともそれはいずれ私の心全体を巻き込んで、火となり炎となり、そして大炎と化す。


「よし、行くぞ! バル! 美奈!」


「うむ! 任せるのじゃ!」


力強く頷き返してくれるバル。そしてそれでも尚私達を見据えながら、口を歪め嘲笑のような表情を作るフィリア。


「フフ……愚かな人間と精霊よ。我が直々に手を下してやろうかと思ったが気が変わった。このまま見ている方が面白そうなのでな。ちと見物といこうか」


「??」


フィリアの放ったその言葉の真意を私は俄には気付けない。私達の想いに当てられたとでも言いたいのだろうか。

だがここまでのやり取りでこの者がそんな事を言う筈が無い。全く以てしっくりこないのだ。

ふとフィリアの視線が気にかかる。今彼女が見ているものは私でもバルでも無い。

確かにこちらを向いてはいるが目が合う訳では無いのだ。

その視線が捉える者とは。

私は徐に後ろを振り返る。

振り返ったその先には美奈がいて、何故か魔法を唱えていた。そしてその瞳にはいつもの輝きは一切無く、淀みに充ちていて。


「ライトニング・ジャッジメント!!」


その力ある言葉が解き放たれた時、私の耳に轟音ががなり立て、身体に凄まじい衝撃が走り抜けた。

声を発したかどうかは分からない。ただ痛みとも悪寒とも言えぬ感覚と共に、身体の力は抜けていき目の前は暗転。ただあるのは頬に当たる冷たい地の感触。

それ以外はもう何も見えない。何も聞こえない。

…………。

…………。

…………。


それが私の覚えている、最後の記憶である。

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