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「隼人くん。私、フィリアさんを助けてくるよ」
その場にいた騎士達を全て倒す事に成功し、捕らえられたフィリアを助けに向かう美奈。
フィリアの方へと目を向けると、彼女は安堵したのか笑顔で手を振っている。
「美奈、待ってくれ。私も行く」
私はダメージを受けたとはいえ美奈に回復してもらったお陰で身体のダルさは残るものの動く事に支障は無い。
一緒にフィリアのいる牢の元へと向かう事にする。
美奈は一瞬だけこちらを振り返り笑顔を見せた。
フィリアは私達の戦いを終始怯えるでもなく、応援するでもなく黙って見守っていた。
私はそんなフィリアに意外だという所感を抱いた。彼女はこんなに度胸が据わっていただろうか。
私の中での彼女は割と控え目で、慎ましいイメージだった。見知った場所とはいえ裏切り者扱いされ、ともすれば命すら危険に晒されていたであろう。心細くは無かったのだろうかと思ったのだ。
「フィリア、待たせたな。助けに来たのだ」
近くまで来て声を掛ける。美奈は私の後ろに控えていた。そんな私達に彼女は再び笑顔を見せた。
「ありがとうございます。ハヤトさん、ミナさん、助かりました」
「ああ、今助けるのだ」
とは言ったもののそこで私は牢を開けるための鍵を所持していない事に気づく。ツーハンデッドソードで無理矢理叩き壊して開ける方法もあるが、今倒れている誰かが鍵を所持している可能性は十分に考えられる。
「ハヤトさん。この牢の鍵はアンガス王の懐にあるはずです」
そんな私の心中を察してかそう告げるフィリア。
「……分かった。取ってくるのだ。美奈、念のため一緒に来てくれ」
「え? うん、分かった」
鍵の場所を差し示すフィリアの言葉に従い、私は昏倒しているアンガスの元へと近づいていく。
用心深いとは思うが、念のため美奈にもついてきてもらう事にした。
私は歩きながらふと、ここにいない他の仲間の事を考える。
椎名達は上手くやったのだろうか。工藤を救いだし、合流出来ていれば良いのだが。
アリーシャも、ライラやホプキンスといった魔族を退け無事でいるのだろうか。
もし色々片が付けば、ここで落ち合う手筈となっている。
まだ皆が現れないという事は苦戦しているのだろうか。身の危険が迫り、合流するどころでは無い可能性も考えられる。
私達は何とかここまでは予定通りに事を運ぶ事が出来た。この後何も問題が無ければ一度四人で様子を見に行くべきかもしれない。
そんな事を考えつつ、アンガスの元へと来た。鎧の下をまさぐると、輪っかのついた鍵があった。鍵は複数付いていたが、このどれかがあの牢の鍵なのだろう。
私は鍵を手に牢へと引き返していく。それに倣い後ろをついてくる美奈。
「隼人くん?」
美奈が私の顔を覗き込んだ。考え事をしているのに気づいて不思議に思ったのであろう。
「……美奈、これから何が起こっても動揺しないでくれ。そして私を信じるのだ」
「え? それって……?」
一層不思議な表情を浮かべる美奈。理由は分からないだろうがそれでもこくんと頷いてくれた。気がつくとすぐ横にバルがいた。
「ハヤト、何か思う所があるようじゃな?」
私は黙してバルに視線を送る。
そして三人してフィリアの元へと歩いていく。それを見ているフィリア。
私はこの部屋に入った時、既にこの時を想定していた。
再び牢の前に来て、フィリアと対峙し、彼女の顔を見つめる。
そして私は覚悟を決めた。
「エルメキアソード!!」
「っ!!?」
私は不意打ちのようにフィリアの胸にエルメキアソードを突き立てた。
だが勿論ながら威力は弱くしてある。気を失わせる程度のハッタリだ。
もし私の考えが杞憂に終わるのならばそれでいい。
いや、それを望んでいる。
「……? ハヤトさん? ……何……するの?」
そのまま牢の中のフィリアはゆっくりと地面に倒れ伏した。
ぴくりとも動かない。
そうなのだ。
疑いこそすれフィリアが魔族である筈がないのだ。もしそうならばとっくに気づいている。
私の能力は魔族を見分けられる能力なのだから。
今まで気づかない筈が無いのだ。
だが私の頭の中の警鐘は一向に鳴り止んでくれはしない。
だから、意を決して手を下した。
そもそも考えれば考える程疑わしいのだ。
ピスタの街での一件が心に引っ掛かり続けている。
そもそも何故魔族はああもタイミング良く街を襲っていたのか。
まるで私達が来たのが分かったかのようなタイミングでは無かっただろうか。誰かが私達が来たことを知らせたのではないか。
そして騒ぎを起こしピスタの街に行く道中で工藤を連れ去った。
工藤を一人にしてしまった事をあの時椎名に責められた。だがあの時私は工藤なら椎名に直ぐ追い付けると思ったから行かせたのだ。
だが、結局そうはならなかった。あの時椎名と工藤の距離が離れてしまう出来事があったからだ。
フィリアが工藤を呼び止めたのだ。
更にピスタでの戦いが終わり、馬車に美奈が戻った時、もぬけの殻だったと聞く。
それでフィリアは拐われたのだと私達は思った。魔石と共に。
だがおかしくはないか。
魔族は何故フィリアがそこにいると分かったのだ?そもそも魔法で防護もしていた筈。
魔石もついでに奪ったという事は無いだろう。初めから魔石を狙っていたのではないのか?
だとしたらあそこで魔石の乗る馬車を探すのは至難の業だったに違いない。
一体どうやって突き止めた?
魔石を持ち去りフィリアを連れ去ったと考えるよりもフィリアが魔石を持ち去ったと考える方が自然ではないか。
そして今にして思えば、馬車に残ると言っていた私と美奈をピスタに行かせたのにも魔石を持ち去るのに不都合だったからと考えられる。
魔族側としては人質は工藤がいれば十分なのだから、わざわざもう一人フィリアまで連れ去る意味は無い。何なら殺してしまった方が自然ではないか。
アリーシャにとってはフィリアを連れ去る意味はあるだろうが、少なくとも魔族の狙いは私達なのだから、工藤さえ人質に取ってしまえば役目は果たしている。
色々な違和感が、点が一つの線となり繋がっていくのだ。これを確信と言わずして何とするか。
「倒れたフリなど白々しいのだ。フィリア」
私は尚も倒れ続けるフィリアに声を掛ける。
起き上がって来ないなら、白だと言うなら後で謝ればいい。
むしろ、そうであってくれ。
だが、私の予想は外れる事は無かった。
「フフフ……どうやら気づかれていたようだな」
私の望みとは裏腹に、フィリアの体から先程と全く違う雰囲気の声が発せられた。




