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「ヒストリア流剣技、山」
再びアンガスの周りに透明な空間が生まれる。そして今度は技の中にバル自身の体も呑み込まれた。
「これで終わりだ」
直ぐ様バルに直進、抜刀の構えからの居合い抜き。バルの体は上下真っ二つに分たれたかに見えた。
だかそれも先程のように陽炎の如く消え去った。
「何!?」
これには流石のアンガスも驚愕の色を浮かべる。一瞬の間を置いて彼の頭上に姿を現すバル。
「その技はもう見たのじゃ。それは受けに回ってこそ本来の力を発揮する技であろう!」
下方へ向けて鋭い突きを放つ。それがアンガスの肩口に当たり、数センチ刃が食い込んだ。
「くっ、おのれっ!」
だがアンガスはその程度では怯まない。直ぐ様アンガスの剣が迫り、再び飛び退くバル。
互いに距離を取った二人。手負いのアンガスは若干息を荒げてはいるがそれでも致命傷には程遠い。傷も思ったよりは深く無い。彼の鍛え抜かれた筋肉の壁に阻まれ、傷は肩から少し血が流れた程度であった。
「ちっ……やはりこの体では軽すぎるようじゃ」
アンガスを見据え忌々しげに告げるバル。
彼女の言う通り、バルの軽い剣ではアンガスの肉を断てても骨まで断ち切るには至らないのだ。
バルは確かに速さでアンガスを翻弄してはいるがその攻撃力の低さは否めない。アンガスの体はまだ掠り傷程度の傷しか負ってはいないのだ。
このまま行けばいつかは倒れるかもしれないがそれはバルがこのまま一度も捉えられずにアンガスの攻撃を避け続けられればの話。
だが正直それも厳しかった。バル自身も平然としているように見せてはいるが、この数度の切合の中で実は相当の胆力を消耗していた。それだけアンガスの攻撃は重く、鋭く、凄まじいまでの圧を放っていたのだ。
だがここで一つ嬉しい誤算が起きた。
「……こんのっ!! 小娘があああああっっ!!!」
そんなバルの消耗など露知らず、アンガスが逆上したのだ。
自分より劣っていると感じていた相手にこれだけ翻弄され、ダメージこそ無いに等しいものの、プライドはズタズタに切り裂かれていたのである。
王としての、騎士としてのプライドが傷つけられた事により彼を逆上させ冷静さを欠かせた。
「ヒストリア流剣技!! 剛風火ぁっ!!」
アンガスが渾身の一撃をバルに込めて放つ。剣が猛き炎を上げ音速の剛剣の刃が奮う。
威力は言うまでも無く凄まじいものがある。だが今のアンガスでは如何せん技の精度はこれまでで最も劣った代物となった。いくら威力か凄まじいとはいえ、こんな技で今のバルを捉えられる道理は無い。
そして今それが絶好の勝機へと繋がった。
「ミナ! やるのじゃっ!」
「ライトニング・ジャッジメント!!」
既に美奈の魔法は完成を見た。
刹那、彼女の放った凄まじいまでの稲妻の奔流がバルの身体を迸った。その瞬間バルの身体は眩い輝きを放ち、閃光が部屋を充たす。当然アンガスも一瞬たじろぎはしたが、彼にここで技を止めるという選択肢は無かった。
「そんなものっ、私のこの技で叩き折ってくれるわっ!!」
「がはっ……!!?」
響く怒号。苦しむバルの声。
「バルちゃん!!」
「死ねい小娘があっ!!」
幾つかの声が絡み合い、光の中が一層眩く輝き美奈の目を眩ませた。
一体そこがどうなっているのか美奈からは解り得ない。ただバルとアンガスの裂帛の気合いを発する声だけがその空間から響いてきていた。
そんな中最後に凄まじい衝撃音を残し、やがて光は収束するように小さくなっていく。
光が収まった後、そこに立っていたのは精霊バル。
「バルちゃん!」
駆け寄る美奈。だが彼女が駆け寄るより早く、バルは片膝を突きふらついた。
「バルちゃん!?」
「だ、大丈夫なのじゃ。ウチはいいのじゃ。それより早く隼人を治療するのじゃ」
「あ、うん」
そう言うバルに従い隼人の方へと先に向かう美奈。
そして回復魔法を掛け治療を行う。程無くして隼人は目を覚ました。
「う……私は……」
「隼人くんっ!」
思わず隼人に抱きつく美奈。
隼人は半ば放心したように周りを見渡す。そこには倒れるアンガスの姿と膝をつき隼人を見ているバルの姿。
それを確認した隼人はアンガスとの戦いが終わった事を察する。
「……済まない。私は、気を失っていたようだ」
「心配するな。何とかなったのじゃ」
そう言い少し力無い笑顔で笑うバルであった。




