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「ハヤトっ! しっかりするのじゃ!」
呼べど揺すれど返事が無い。
隼人は今の一撃で完全に意識を刈り取られてしまった。幸いしたのはマントのお陰で致命傷には至らなかった事だ。アリーシャが勧めた火属性の耐性を持つマント。これが隼人の傷を命を奪う程では無いに止めた。
アリーシャ自身もこの時を予期し、隼人にこのマントを勧めたのかもしれない。
「フン……仲間を庇って自分が先に戦線離脱とは笑えるわ」
嘲笑を交えながら吐き捨てるように宣うアンガスの言葉に、バルは動きを止めゆらりと立ち上がった。
「貴様……ウチの主にこのような……覚悟は出来ておるのじゃろうな?」
「っ!?」
バルの表情、いや、正確には彼女から発せられる凄まじい闘気に当てられ、アンガスですら一瞬怯んだ姿を見せた。
今目の前にいるのは子供では無く、紛れもない一人の剣士だと思わせるだけの圧をバルは放っていた。
「フンッ、だがお前は私には敵わん。これまでの戦いでそれは目に見えている」
「……そんなもの、やってみなければ分からぬのじゃ」
バルはロングソードを構えアンガスを見据える。
「ミナよ! ウチにあの上位魔法を放てっ! 生半可な魔法ではこやつに通用せん! 一気に勝負をつけるのじゃ!」
「え? ……でも……」
「大丈夫じゃ! ウチは精霊、お主の攻撃魔法など効きはせんのじゃ! 早くせい!」
美奈にライトニング・ジャッジメントを放つよう要求するバル。
だが美奈としては一抹の不安が残る。
バルにそれを放って果たしてライトニング・ギャロップの時のようになるのか。
補助魔法ならいざ知らず、これは攻撃魔法だ。
電撃でバルを焼いてしまわないという保障は無い。
かといってバルの言う通り、生半可な魔法ではアンガスに大したダメージは与えられないのも確か。
だがそれでも美奈はもう一つ直ぐ様行動に出られない理由があった。
「バルちゃん! 隼人くんはどうするの!?」
そうだ。自身の能力で隼人を回復してしまえばいい。確かに致命傷では無いにしてもダメージは決して小さくは無い。出血も酷い。今すぐにでも彼を治してからでも遅くは無いのではないか。
「……ハヤトが寝てる間で良かったのじゃ。こやつが起きておればこんな戦法反対したに違いないのじゃ。そうなればこの戦法は使えん。じゃがこれ以外この男を止める術を今は思いつかん。じゃが時は一刻を争うじゃろう? この男を倒し、隼人を回復する。今はこの流れが一番最適解なのじゃ」
確かに自身の命すら顧みずバルを庇ったくらいだ。
そんな賭けのような作戦を隼人が容認するとは思えない。
だがここまでの戦いで、いくら三対一とは言え状況はかなり悪かった。
再び三人で懸かった所で状況が好転するとも思えない。
美奈は思案した末、黙して頷きライトニング・ジャッジメントの詠唱に入った。
「馬鹿め、私がそんな呪文の詠唱を黙って見過ごすと思うのかっ」
瞬時にアンガスの姿が欠き消えるように動き美奈へと迫る。
「それはこっちのセリフじゃ! ウチが黙ってミナをやらせると思うかっ」
だがその剣が美奈に届くより早く、バルのロングソードがアンガスの首筋を捉えた。仕方無く回避行動を取るアンガス。
「ちっ、小娘が! 先にお前だ! 五秒で片付けてやる!」
そう言い一時目標を再びバルへと変更する。アンガスの剛速の剣が迫る。
「……余りウチを舐めるなよ? 童」
そう告げるバルの身体が陽炎のように揺らめいた。アンガスの剣はその揺らめきを薙いだだけでその刃はバル自身には届かない。
代わりに広間の床を数十センチに渡り破砕。砕け散った床が散り散りに石礫となり飛んでいく。その陰から死角を突き、今度はバルの刃がアンガスに迫る。
「くっ……!」
慌てて身を捻るが避け切る事は敵わず、アンガスの頬に一筋の切り傷が生まれ、一滴の血が流れ落ちた。
それを拭いアンガスは目を細める。だがそれでも再び笑むアンガス。
「成る程……やるではないか。ではもう少し相手をしてやろう」
再び剣を鞘にしまい抜刀の構えを取る。そして体を傾け低い姿勢になった。




