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彩り鮮やかな天井には西洋の騎士が空想上の魔物、といってもこちらの世界ではそうではないのかもしれないが、に剣を向け勇猛果敢に立ち向かっていく姿が描かれていた。
その画とは対極的に玉座へと続く赤絨毯の上。そこに腕を組み悠然と佇むアンガス王の姿。
彼は対峙する私達を一人一人、まるで品定めでもするかのように置き見つめている。
そして程無くしてニヤリと余裕の笑みを浮かべて言った。
「フン……さあ、かかってくるがよい」
「アンガス、私は別にお前と戦いに来たのでは無いお前の後ろにいる筈の魔族を倒しに来ただけだ。私としては特に戦う理由が無いのだが」
アンガスは一人の人間だ。黒いオーラを放ってはいるものの何者かに操られている線が濃厚。この者がどれ程の手練れかは未知数だが戦いにならずにすむならばそれに越した事は無い。
「フン。何を言うかと思えば。笑止、貴様らこそが魔族と手を組む反逆者だろう。私を謀るつもりか……戯れ言を宣い来ぬつもりならばこちらから行こう」
アンガスは聞く耳を持たず剣を引き抜き構えを取った。
彼の剣はかなり大振りな剣であった。
私のツーハンデッドソードの更に二回りくらいデカい。
こんな物をまともに使いこなせるのか甚だ疑問だが、この自信から察するにそれは杞憂というものだ。
「行くぞっ!!」
アンガスが言葉と共に大きく踏み込んだ。地面が割れてその体躯では想像もつかない程の俊足で私達の前まで辿り着いた。予想を遥かに上回る速さだ。
狙いは、バル。
彼女も何となくそれは察していたのか先程近衛兵を倒した時のように光の剣閃で迎撃の構えを取る。迸る光の波動。
「小賢しいっ!!」
だがその剣閃がアンガスに届く直前、剣を気合いと共に一振りさせると簡単にそれは霧散してしまう。更に一気にバルへと加速するアンガス。意表を突かれたようにようになったバルは半ば無防備な状態でアンガスと向かい合う。
「バルッ!!」
大上段から繰り出されるアンガスの太刀をロングソードで受け流しに掛かるバル。太刀筋を巧く変化させようとした所までは良かったが、その余りにも剛の剣によって勢いは殺しきれず、致命傷は避けたもののその衝撃で吹き飛ぶバル。
危うく壁に激突という所でだが彼女は空中でくるりと体勢を立て直し、壁に着地。上手くダメージを避けたようだ。もしかしたら自分から跳んだのかもしれない。
「雷鳴剣」
バルのその言葉が終わるか終わらないかというところで、アンガスの肩口に雷光が疾った。
「ぐっ……。何だと!?」
アンガスの表情が大きく苦痛に歪む。たたらを踏んで一歩二歩と後退った。
そして意外そうに目を丸くする。
それもそうだろう。相手は剣を構えているだけで攻撃のモーションも無ければアンガスに近寄ってすらいないのだ。私からすればこれが本来のバルの剣筋だが、いきなり肩口に剣閃が走る様を見せつけられて初見で驚かない筈が無い。
それに今までの攻撃がバルの元から放たれる剣閃の波動攻撃というのもいいフェイントになった。
その技しか使わないものだからアンガス自身も警戒していなかっただろう。
「ちっ……威力が足りんかったようじゃ」
バルがアンガスを見て歯噛みする。欲を言えば今の一撃で倒しきりたかったのだろう。だが美奈の魔力をちょっと乗せた程度の攻撃では致命傷は愚か掠り傷程度にしかなりはしなかったのだ。
「……一体何だ? その技は……!?」
「雷鳴剣とでも言っておくのじゃ」
「雷鳴剣……なるほど」
アンガスは一度は動揺を見せたものの、次の瞬間にはニヤリと再び嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして自身の持つ剣を鞘へとしまい、抜刀の構えを取った。
「あきらめた……というわけではなさそうじゃな?」
「フン……舐めるでないわ」
薄く笑み、腰を低く構えたかと思うと体から薄黒い靄のような剣気を立ち上らせた。あの技は以前一度見ている。教会でベルクートが使用していたものと同じ技だ。
「ヒストリア流剣技、山」
技の名前を口にした途端、アンガスの周り半径五メートル程の円内に目視出来る透明な空間が生まれる。
幕が張り巡らされたように見えるその中は、重苦しいプレッシャーで敷き詰められている事だろう。
あの間合いの中に入るとあっという間に斬り伏せられる事は必死だ。
バルは静かに円の外側一杯の所まで歩いていく。
そしてちらと美奈の方を見た。目が合うと美奈は思い出したように頷いた。
「ライトニング・ギャロップ!」
再びバルの周りを光の幕が包み込む。先程の攻防で彼女を包む光は失われていたのだ。バルは自身に浮かび上がった光を確認すると佇むアンガスを見た。
「別にこの中に入らずともウチはお主に攻撃出来るのじゃが?」
その瞬間何かを感じとったようにアンガスが動いた。特に大きな動きではなかったが、見事にバルの雷鳴剣を紙一重でかわした。
続く二撃、三撃目も既の所で当たらない。
「くっ!」
バルは気付けば雷鳴を放つ毎に一歩ずつ後退っていた。見れば剣気の円が雷鳴を避わす度にバルに近づいている。正確には紙一重で雷鳴を避けながら、アンガスが前進しているのだ。それを分かった上でバルも間合いに入らないように同じように距離を取るため後退しているという訳だ。
しかし室内の広さは有限だ。もう後一メートル程の所まで壁が迫っていた。バルもそれを感じて一瞬後ろへと視線を送る。
「ライトニング・スピア!」
不意に美奈が光魔法を放つがそれも難なく避わすアンガス。この技、思った以上に隙が無い。
「終わりだ小娘」
その言葉と同時にバルの背中が壁に当たり、体がアンガスの技の間合いの中に入る。その瞬間アンガスは抜刀し、瞬時にバルの眼前へと迫った。
「ヒストリア流剣技、剛火!」
炎に包まれたアンガスの剣がバル目掛けて振り下ろされる。
何故かそれがやけにスローモーションに見えて、剣に迸る炎の揺らめきが眼前に鮮明に映し出された。
そして私は目の前にいるバルを両手で抱え込んで、背中に凄まじい衝撃を感じながら物凄い力で壁に叩きつけられた。
「がっ……はっ!」
「ハヤトッ!!」
「隼人くんっ!!」
今頃になって気付いた。
どうやら私はバルを庇ってアンガスの一撃をこの身に受けたのだ。




