第4章 守りたいものがあるから ~美奈~ 4-49
ヒストリア城大広間。
荘厳な絵画や豪奢な絨毯の敷き詰められた部屋へと私達らつい先刻辿り着いた。
目の前には今ヒストリア王国の国王であり、アリーシャの父親であるアンガス王。その表情には絶対の自信と余裕が伺える。
ここに来るまでの道中は思ったより困難なものでは無かった。逆に拍子抜けしたくらいだ。
正直何人かの城内の者に行く手を阻まれるのだろうと予期していた。
だが実際はその真逆。王妃と王子の二人と別れてからは鼠一匹出会う事も無かった。
それはまるで嵐の前の静けさのようでもあり、早くここまで辿り着けとでも言われているようで、逆に緊張感は高まったのだ。
「ようやくお出ましか。この裏切り者の勇者どもめ」
広間の奥。階段を登った先の玉座に座したまま私達に挑発的な言葉を投げ掛ける。
アンガス王。騎士団長のベルクートに勝るとも劣らないそのがっしりとした体躯。そこからは戦わずして歴戦の戦士のそれを彷彿とさせる迫力があった。
その周りには近衛兵と思われる四人の騎士。護衛は四人だけと安堵したい所だが、それは裏を返せばアンガス自身に相当の剣の腕に対する自信があるのだろうとも思える。あのアリーシャの実の父親なのだ。彼女以上の実力があると考えるのが当然。という事は三人で懸かっても容易に勝てる相手では無い事は明らかであった。
そして玉座の隣。そこには鉄格子に囲われた牢があった。そこにはアリーシャの探し人であるフィリアが捕らえられていた。
「ハヤトさん! ミナさん!」
私達を呼ぶ声には少しの疲れが混じってはいた。だが今は彼女の無事を確認出来た事に安堵する。
「フィリアさん! 今助けます!」
「ふん、小娘が。お前達に一体何が出来るというのだ?」
美奈の言動に対し、アンガスの言葉尻に嫌悪のような怒気が混じる。するとアンガスの身体、肩から背中に掛けての部分から禍々しいオーラのようなものがはっきりと見て取れた。
「隼人くん、あれって……」
「ああ、恐らくアンガスは操られているのだろう。若しくは暗示の類いか」
アンガス自身は魔族では無い。直接対面する事によって、私の能力でそれをはっきりと確認出来た。
だが私達の目にはっきりと黒い憎悪ようなオーラが目視出来る状態のアンガスを見て、正気は保てていないのではと思えた。
今の彼の雰囲気からしてもやはり戦いは避けられないのではと思う。少なくとも説得に軽々しく応じるようには見えない
私は覚悟を決めツーハンデッドソードを鞘から引き抜いた。構えを取ったその瞬間、アンガスの目がすっと細められた。
「かかれっ!」
アンガスが騎士達に号令を下す。その言葉を皮切りに一斉に四人の騎士達が動いた。私達もそれぞれ戦闘態勢に入る。
私が前に出てそれに倣いバルも続く。美奈はバックステップしながら魔法の詠唱に入った。
「ハヤト、ウチも手伝うのじゃ。攻撃は出来なくとも撹乱くらいはしてみせる」
そう言いつつロングソードを引き抜くバル。流石に私一人で熟練の騎士四人と王を同時に相手取るのは厳しいと判断したのだろう。
「ライトニング・ギャロップ!」
美奈の魔法が完成し、後方から私達二人に向けて放たれる。光が私の足を包み込み、その部分が熱く熱を帯びる。
その瞬間加速度的に移動速度が跳ね上がり、騎士との距離が一気に縮まり目の前に迫る。不意を突かれた一人が下から斬り上げる私の剣を受け止めようと剣を斜めに構える。流石近衛兵だけある。反応速度も早い。だが。
「エルメキアソード!」
「ぐっ……はっ!?」
受け止めた剣に私の精神の波動を乗せ、衝撃波としてその一人へと打ち出した。
思いもよらぬ精神攻撃を受けた一人の兵はその場に崩折れるように倒れ伏す。
その横から回り込んだ一人が大上段から打ち込んで来たが、それをステップで素早く避けきった。
このスピードにはいくら近衛兵と言えども簡単にはついて来れないだろう。
「えりゃっ!!」
その兵に向けて居合いのように横薙ぎの一閃を放つバル。だがその動きはそこまで速くは無い。受け止めるまでも無く身のこなし一つで避わしきる。バルの体は子供のそれ。身体能力自体は高くないのだ。それどころか足手まといと言わざるを得ない程に低い。
「子供は引っ込んでいろっ!」
「がっ……!」
近衛兵の放った蹴りがバルの腹部に炸裂。彼女はそのままゴム毬のように地面を転がった。そして広間の壁に当たり、そこにほんの少しの亀裂を作った。
「バル!?」
そこに尚も追い縋る近衛兵。
「お前は余所見などしている場合では無い!」
私の元には残り二人の近衛兵が斬り込んで来た。挟撃されて身動きが取れない。ここからでは助けに入るのは不可能であった。
「ふんっ! ガキが戦場にしゃしゃり出て来るからだっ!」
バルを沈黙させようと拳を構える近衛兵。
「ライトニングスピア!!」
「がはあっ!!」
だがその拳はバルに届く事は無かった。後方から放たれた美奈の魔法によりあっさりと意識を刈り取られ倒れ伏す近衛兵。魔法に気づき回避行動は取ったものの、金属の鎧に身を包んでいたのが災いした。電撃は彼を追い縋るように角度を変え見事直撃した。
思ったよりもあっさり二人を倒した。
これにより残りの二人は一旦仕切り直しとばかり距離を取る。
この一部始終を見ていたアンガスは目を見開き意外そうな顔をした。
こんなでこぼこパーティーがここまでやるとは思っていなかったのだろう。いくら不意討ちに近かったとはいえ、自身の兵を二人も倒されて驚かない訳が無い。
だがそれでもアンガスの表情からその余裕が消える事は無い。寧ろこれにより嬉しそうな表情を作った。
「ふん。こうでなくては面白く無い。いいだろう。私も相手をしてやる」
「おいっ」
声に振り向くとそこには起き上がったバルの姿。
彼女の体は私とは違い魔法の力で一度発した光が消え失せていた。
「ふん。ここは子供の出る幕では無い。邪魔だ」
ちらとバルを一瞥し、切り捨てるアンガス。だがそれは間違いだ。先程の攻防で私は確信していた。この戦いが私達にとって相当有利な条件となった事を。
「アンガス。最早戦いを楽しむなどと悠長な状況では無くなったのだ」
「何?」
「美奈! もう一度バルに魔法を!」
そう言う私の言葉を受ける前から準備は調っていた。美奈の口から再び光魔法の力ある言葉が放たれる。
「ライトニング・ギャロップ!!」
美奈の魔法で再びバルの体が光に包まれる。その瞬間バルの体から光の剣閃が迸り目にも止まらぬ速さで残りの近衛兵二人を電流の餌食とした。二人は声を発する暇も無く、電撃にやられ倒れ伏す。
「何!?」
「安心せい。峰打ちじゃ」
驚きの声を上げるアンガス王に答えたのはこの技の主、バルだ。
「何なのだそれは?」
流石にこれには慌てふためくアンガス。
剣閃は見えても相変わらずどうやって斬っているのかは分からない。完全に予備動作も太刀の際の動きも
無い、無形からの一閃であった。
というかバルは常に剣を握っているだけで斬りたい者を斬ってしまっている、という風に見える。本当に種の知れない風変わりな剣である。
だが今回これでバルの弱点は多少の克服を見た。
その要因となるのが美奈の魔法、ライトニング・ギャロップである。
ライトニング・ギャロップとはそもそも光属性の魔法を身体にコーティングするような魔法だ。その効果により、バルの身体がこの世界に物理的干渉を起こさない精神体のような存在から光属性の塊のような存在へと変化する事が一時的にではあるが出来る事に気づいた。
正に棚からぼた餅的な気づきであったがこれは大きな収穫である。
「……子供のくせに中々面妖な技を使う」
「子供ではない。ウチは精霊じゃ。お前などよりよっぽどたくさん生きておるのじゃ」
「ふ……そうか、精霊か。それは面白い」
形勢が一気に逆転したというのにそれでも全く気後れした様子を見せないアンガス。それどころかようやく面白くなってきたとでも言いたげだ。
剣の道に生きる者というのはこういうものなのだろうか。正直私には全く理解出来ない。
「よし、ではここからが本番だ」
アンガスはそう言うと自身の体から黒いオーラに混じって更に透明なオーラを発現させた。これが熟練した剣士に出せる剣気というものなのだろうか。その濃密とも思えるオーラがアンガスの体を包み込んだ。
「改めて続きといこうではないか」
あくまで不敵な笑みは崩さずに私達を見据えるアンガス。ここからが本当の戦いだ。




