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「よしっ! じゃあアリーシャ。こうしちゃいられないわ。早く脱いでちょうだい」
「…………はっ!?」
唐突な私の言葉を自身の中で一旦咀嚼し、それでも意味が理解出来なかったようで顔を赤らめるアリーシャ。
何そのうぶな反応。
いや、私も言葉足らずなのは認めるよ。けれどいちいち可愛いのよね。こういう時のアリーシャって。
「えっとね……これからライラの頭部までアリーシャを運ぼうと思うんだけど、その際にあなたを私が背負おうと思って。だから鎧を外して身軽になっておきたいの」
「あっ……そ、そういう事かっ。そ、そうだなっ。分かった!」
アリーシャは私の言葉を聞いてようやく意図を理解してくれたらしく鎧のパーツを幾つか外し始めた。カシャカシャと金属音を響かせて地に置かれていく鎧の数々。その様子を見つつ私はある事に気づいてしまった。
「アリーシャ……あなた、着痩せするタイプなのね……」
「は……?」
「あ、ううん。何でもない。こっちの話だから。気にしないで?」
「……ああ」
至って真面目な顔の私に気圧されたのか、アリーシャはそれ以上何も聞いては来なかった。
おもむろにしゃがむ私の背にゆっくりともたれ掛かってくるアリーシャ。
「うっ……!?」
「ど、どうしたシーナ!? どこか痛むのか!?」
「……ううん、大丈夫。ただちょっと精神的ダメージは大きかったかも。私が思っていたよりも遥かにこの戦いは大変ってことよ」
「……すまないシーナ。頼む……」
「ええ、任せて……アリーシャ」
心底申し訳なさそうなアリーシャに背中越しにサムズアップを決める私。私は足に力を込めて彼女を背負い立ち上がる。
思った以上に重量感のあるものが背中を圧迫する度に少しへこみそうになる心を奮い起たせ私はライラを視界に捉えた。
「じゃあアーバンさん、リットくん! お願い!」
「承知した!」
「了解ッス!」
私の合図を皮切りに二人がライラ目掛けて突き進む。
そのまま技を放ち、ライラの後ろへとうまく駆け抜けた。工藤くんも何か仕掛けると気づいたのか、二人を庇うように技を放ってくれていた。
触手や熱線を掻い潜りながらやがてアーバンさんが地に落ちたアリーシャの剣を拾い上げる。
「行くわよっ! アリーシャ!」
そこまで確認した私はいよいよ自身の行動に出る。
私はクラウチングスタートのポーズを取り、ライラのに向けて駆けるのだ。
こう見えて私は中学高校と陸上部に所属していた。走ることには自信がある。アリーシャを背負いながらだけれど、覚醒した私にとって、アリーシャなどランドセルよりも軽いのだ。
「よーい……、どん!」
全速力でライラへと駆けた。いつも風で飛び回っていた私にとって、地面を蹴りつける感覚が妙に懐かしく感じられる。下手に飛んだりするよりも、こっちの方が遥かに疾い。
自分の方へと一直線に向かってくる者に気づいたライラは、掌をこっちへと向けた。
掌に光が生まれる。
「椎名っ!」
工藤くんが私の名前を呼ぶのとほぼ同時。私に向かって光の球が放たれた。触手でも熱線でもないその新たな攻撃は私たちの意表を突くものだったけれど、ある程度の心構えをしていた私はそれを思い切り横に跳んでやり過ごす。今しがた私が駆けていたその地面を一瞬遅れてその光球が着火、爆砕した。
幾つかの石の欠片がこちらに飛んでくるけれど、私はそれを自身の身のこなしだけで凌ぎきる。
更に数本の触手が迫り来るけれど、ここは構わず駆ける事にした。
「工藤くんっ!」
それだけ叫んで駆けていく。そこに触手が迫るけれど、それが私の元へと届く事は無かった。
工藤くんの石の壁に阻まれてその対象を変えざるを得なかったからだ。
工藤くんの作った即興の石のトンネルを潜りつつ、ちらと見えた彼の顔にウインクを一つ送る。
そこを抜けた先にいたのはアーバンさんだ。
「アリーシャ様っ!」
アーバンさんが投げた剣はここでようやくアリーシャへと渡る。
「ありがとう!」
主人へと渡った剣は未だ魔力を帯び、光を放ちながら嬉しそうにしているように感じられた。
「シーナ! 前だ!」
一瞬剣に気を取られた隙に、気がつくと眼前に再びライラの触手が迫っていた。
「「ヒストリア流剣技、火!」」
「うおおおおオオおおおォオ……」
けれどそれも今度は近くにいたアーバンさんとリットくんの援護で何とか乗り越えられた。
ここに来て何故かライラは私たちに狙いを定めたように感じる。というより狙いはアリーシャか。
正気を失っているとは言ってもやっぱりアリーシャの存在は気に懸かるといった所か。
こんな時だけ師弟愛出さないでほしいと心の中で一人ごちつつ、私は足に力を込めて速度を上げつつ訓練場の壁へと突っ込んだ。
壁、というよりは訓練場の入り口近く。屋根付きの建物になっている部分。そこへ一っ跳びで跳躍し、さらにその屋根伝いに駆ける。
駆ける側から触手が屋根を叩き壊していき、一気に足場は失われていく。これで最初で最後のチャンスとなった。
私は屋根の端から思い切り踏み込んでライラ目掛けて高く跳躍。今私とアリーシャがいるポジションは格好の的となった。
しかも高さもせいぜい十五メートル程度。これではライラの頭はおろか胸にまですら届いていない。
「椎名っ!!」
私の名前を呼ぶ工藤くんの声。分かってる。ここじゃ誰の助けも得られない事も。触手や熱線を避ける事も出来ない事も。
目の前に大量の触手が迫り来る。獲物を狩るハンターのように。
私はほんの一瞬息をつく。
シルフ……力を貸して!
心の中でもう届かない彼の名前を呼びながら、私は
魔法の詠唱に入った。




