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「!! ああ……任しとけ!」
工藤くんはすんなりと私の要求を受け入れてくれた。もしかしたらほんの一時とはいえ、自ら戦線離脱してしまった私を責めるだろうかとも思っていたのだけれど。まるで何事もなかったかのように普通にしてくれる。くそう、工藤くんのクセに。
正直照れ臭くて何を言えばいいか分からない。弱い自分を見せてしまったことを少しだけ後悔している。
とはいえ今は実際私と工藤くんがこの場でごちゃごちゃ言い合ったりしている場合でもないのだ。
今はアリーシャを助けることに全力で心血を注ぐべきなのだ。そのために私はここまで来たのたから。
私は今は彼の好意に素直に甘えることにした。あ、でも工藤くんのことだから実際全く何も考えてない可能性もあるんだけどね。だからこの話はこの後もぶり返されることも無くいつも通りの関係が続いていくんだろうとそんな事を思った。
工藤くんはというともうとっくに私の前にはいなくて、再びライラの方へと突っ込んでいっていた。
サンド・ガントレットで絶賛応戦中だ。ライラの攻撃を受け止めたり受け流したり、時折放たれる熱線のような技は避けたり地面をせり上げて相殺したりしていた。さすがにあの熱線をまともに食らえば溶けてあの世行きなのは目に見えている。彼の選択は概ね正しいと思えた。
さて、そんなこんなで予定通りアーバンさんとリットくんの二人は工藤くんとライラの間の戦いに入る余地がないと感じたのか。一度戦線離脱しこちらに戻ってきた。
その際にもちろん、倒れていたアリーシャも一緒に引き連れてくる。
「アリーシャ」
「シーナ……良かった。無事で」
久しぶりの再開、といってもそんなに時間は経ってはいないのだけれど。二人共本当に満身創痍もいいとこだ。
アリーシャは力無い笑みで私の無事を喜んでくれた。そこまで無事って訳では無いのだけれど、まあお互い生きてまた会えた事には素直に感謝しようじゃないか。
「アリーシャ様、お怪我をなされて。今治します」
アーバンさんはアリーシャを座らせると回復魔法の詠唱を始めようとした。アリーシャはそんなアーバンさんに怪訝な顔を向ける。
「……いいのか?」
「は? 何がですか?」
少し俯き加減だったアリーシャは、アーバンさんの言葉に戸惑っているようだった。
確かに。今思うと私たちは王国の裏切り者という立場だったんだっけ?
必死過ぎて正直そんな事どうでもよくなっていた。アーバンさんもその事自体は触れてこなかったし。
そう思うと彼は一見固そうに見えるけれど、すごく物分かりがいい人のように思えてくる。
いや、そもそも彼は周りの意見ではなく、自分自身で見たもの感じたものを優先するタイプなのかもしれない。
そうこう考えているうちにアリーシャが後ろめたそうに言葉を続けた。
「……私は裏切り者の身ではないのか?」
視線を逸らすアリーシャの様子を見て、一瞬動きを止めたアーバンさんは、大袈裟に一つため息をついた。
「我が身に宿りしマナ以て 彼の者の傷を癒したまえ ヒール!」
アーバンさんの手から魔力が伝い、アリーシャの折れている腕や身体を治していく。傷はあっという間に塞がった。そんな一部始終をアリーシャは呆気に取られて見ていた。
「アリーシャ様」
「……何だ?」
「あなたは私達を舐めているのですか?」
「!? ……」
アリーシャはアーバンさんの鋭い眼差しに慌てふためく。アーバンさんはそんなアリーシャに詰め寄った。
「騎士ともあろう者が、傷付いている者を放っておくとお思いですか!? それに私はこのシーナと行動を共にしている時点で、その仲間であるあなたの事もとっくに疑ってなどいない! もしそうなら先にこの小娘を捕えていますよ!」
「小娘って……」
「とにかく! 私は私が今正しいと思った事をする! それだけです!」
呟く私をちらと見てそのままスルーを決め込むアーバンさん。この人熱くなると誰にでも怒鳴るんだなと思う。まあそういうの、私は嫌いじゃないけどさ。結果彼に救われた部分も大きい訳だし。
「自分は後で何かあれば隊長のせいにするッスから大丈夫ッスよ」
「リット! このボケがっ!」
「いてっ! 酷いッスアーバンさん! 冗談ッスよ!」
「お前は時と場所を選べっ!」
「えー……あなたがそれ言っちゃうんスか……」
二人のやり取りを目を丸くしつつ見つめるアリーシャ。しばらく黙って二人の騎士を見つめていたが、不意に私の顔を見た。
私も一度こくんと頷くと、やがて彼女は柔らかな笑顔を作った。
こんな時に何を言ってんだって感じだけど、こういう時のアリーシャは女の私から見ても本当に可愛い。
「そうか……二人共、心から感謝する」
言い合いを続けていた二人はアリーシャの言葉に彼女の方を振り向き動きを止める。
アーバンさんとリットくんは案の定、アリーシャの心からの笑顔に一瞬惚けた顔になった。確かに姫様のこんな美しい笑顔にやられない男はいないかもしれない。
「アリーシャ。じゃあ私たちはどうすればいい?」
私は頃合いとばかりに話を遮りアリーシャに問い掛ける。
するとアリーシャは立ち上がり、真剣な眼差しで私を見た。
「シーナ、頼む。私をライラの顔の辺りまで飛ばしてほしい」
「よし! 任せなさい!」
私はアリーシャの頼みを受けて行動に移ろうとするけれど、アーバンさんとリットくんは逆に固まってしまう。
「ライラ……? ち、ちょっと待ってください!? アリーシャ様、今あの怪物の事をライラと言ったのですか?」
そうなのだ。二人は今ライラという言葉に反応したのだ。
流石に驚きを隠せないようだった。私は初見で大体の状況は把握していたけれど、この二人はそうじゃない。
ここに到着するや否やとりあえずアリーシャを前線から退かせるために魔物の気を逸らせたくらいにしか思っていなかったんだろう。
その魔物が実はライラだなんて知ったらそりゃ驚きもするだろう事は想像に難くない。ある程度説明しとくんだったとちょっと後悔。工藤くんもそこまで余裕という訳ではないから。でも何も知らされず動いてもらうのもそれはそれで酷な話。
私は短いため息を吐いた。
「そうよ。隠してもしょうがないから教えてあげる。ライラは魔族なのよ」
「そ……そんな!? 馬鹿な!?」
二人は更に驚愕する。
自分たちの上司がいきなり魔族で裏切り者だと知らされて驚かないわけはない。とは思いつつ、姫が裏切り者扱いされてたんだから似たようなものかとも思う。
「皆、聞いてほしい」
アリーシャが再び口を開いた。その真摯な瞳に見竦められて、皆が彼女に視線を集める。
「確かにライラは魔族だ。だが、それでも私の師であり、私を騎士として育ててくれたのだ。だから私はその恩に報いるために今回戦いを挑んだ。剣に生きた彼女に、剣で語り合うために」
アリーシャにとってライラは魔族であっても敵という訳ではないのだ。
工藤くんがどうしてここまでライラを倒すに至らなかったかを考えればアリーシャのこの考えは容易に想像できる。
アリーシャにとってライラは、例え魔族であっても一人の師なのだ。もしくは肉親や同士、といった感覚なのかもしれない。
「剣を交えて分かった。ライラはこの国を裏切るとか滅ぼすとか。そういった類いの野心は持ち合わせていない。ただ純粋に剣の道に魅入られ、剣の道に生きた一人の騎士として、最高の技の競い合いをしたかっただけなのだと。だから私はあんな姿にされてしまったライラを元に戻したいのだ。最後の瞬間に騎士として在れるように。……だから、彼女を正気に戻すのを手伝ってほしいのだ。残念ながら、私一人の力ではどうにもならない」
言葉を紡ぎながら俯き加減になっていくアリーシャ。もしかしたら、一国の姫という立場の者が自分の心の内をさらけ出して、弱い自分を見せるということに抵抗があるからなのかもしれない。
悔しさと申し訳なさと自信のなさがない交ぜになったような、そんな感じ。
でも私はそっちの方が好きだ。喩え一国の王女だとしても一人の人間。弱さも見せればわがままも言う。そしてその願望を叶えてあげたいと思えるから私たちは仲間なのだ。
「……アリーシャって、実はお願いベタよね」
「は? シーナ?」
私はアリーシャに微笑んだ。そんな私を彼女は不思議そうに見ている。
「要するに、アリーシャはライラのことが大切なんだよね。大切なものを守ることに理由なんていらないわよ。ね? アーバンさん?」
私は終始神妙な面持ちだったアーバンさんの顔を見る。彼は私の言葉にこくりと頷き、俯くアリーシャの手を取った。その手にすかさず自分の手を重ねるリットくん。
「アリーシャ様、ライラ副団長を救いましょう」
「まあオイラも乗り掛かった船ッスからねっ」
「……アーバン……リット……ありがとう」
二人の顔を交互に見たアリーシャは、その麗らかな瞳に涙を滲ませていた。
私は再びライラを仰ぎ見る。そして必死にライラを引き止める工藤くん。
もはや原型を全く止めていないその姿に哀れみの感情が湧き上がる。
最期の時は騎士として、か。
私は視界に煌めいた星空を入れながら心の中で一人呟いた。




