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「シーナさん、どうしたんスか!?」
リットくんが不思議そうにこっちを見ている。
「私達を置いていっておいて、貴様一体何をこんな所で踞っている?」
「あの……私……」
煮え切らない私の態度にアーバンさんは頭を掻きながら私の方へと近づいてきた。
そのまま私の目の前まで来ると、しゃがみこんでいる私の腕を取った。
「ほら行くぞっ」
「━━いっ、いやっっ!!」
強い力で引き上げられて私は反射的に手を振り払ってしまう。
罰が悪くなって俯くことしか出来ない私を
怪訝な目で見つめるアーバンさん。
「シーナさん……?」
リットくんも困っているように私を見た。気まずくて二人の顔を直視することが出来ない。
私は薄く笑う。
「笑っちゃうわよね……。私、さっきの戦いで、今まで使ってた風の力を無くして、そのまま自信も無くしちゃって。怖くて……逃げ出したのよ」
私は自嘲気味に言葉を紡ぐ。
こんなことしか言えない自分が情けないけれど、今こんな話をしながらも体が震えてしまってどうしようもないのだ。
「バカかお前は?」
「あ、アーバンさんっ!?」
冷たく罵られた私は、ひっぱたかれたかのように反射的に顔を上げてアーバンさんの顔を見る。
彼は汚物でも見るような目を向けて吐き捨てるように言った。
「所詮はただ慰めてほしいだけなのだろう。自分の弱さを盾にして、私は頑張ったので褒めてください。構ってくださいとそういうことなのだろうっ!?」
「――アーバンさんっ! そんな言い方!?」
「うるさいリット! 黙っておけ! いいか女、私達騎士はな、弱かろうが力が足りなかろうが、苦しかろうが絶望しようがとにかくどんな時も、どんな状況でも決して立ち止まらない! 大切なこの国と言えばおこがましいがな、少なくとも私の大切な家族や仲間が暮らすこの町をたとえ何があろうとも守る! この命が果てようともなっ! 諦める事は絶対にしないし逃げもしない! 俯いてる暇があったら後悔しないうちに一歩でも前に進めこの大馬鹿者があっ!!」
「……っ!」
――何も言い返せなかった。
体中に稲妻が走ったようになって瞳孔が微かに揺れる。
不意に頬を伝い、涙が零れた。
「あ……アーバンさん、言い過ぎッスよ……」
「ぬぐっ……ちいっ……くそっ! リット、お前が何とかしろ!」
「えっ、えええーっ!? オイラがっスか!?」
「違うの!」
私は戸惑う彼らを制止して、ようやく自分の足で立ち上がる。
涙は一筋流れただけ。
それを私は左手の甲でスッと拭いさった。
この溢れ出る感情は決して悔しさなんかじゃない。
そうだ。これは滾りだ。
私はアーバンさんに思い切り真っ直ぐな言葉を投げつけられて、傷つくのを通り越して半ば開き直りのような気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
慰めなんかよりもよっぽど効果があったみたい。
私って思った以上にMっ気があるのかな。
「ありがとう、アーバンさん」
ガツンと言葉の大砲をぶっ放されたそのお陰で、少しだけ力を貰えたみたいだ。
急速に自分の頭が冷えていくのが解る。
「私ってば、また道を間違えて後悔するところだったわ」
「――お……おう」
私はアーバンさんの目の前でそのまますっくと立ち上がり、見つめ返してやった。
それに少しだけたじろぐアーバンさん。
彼に挑戦的に対峙するけれど、それでもこの落ち込んだ気持ちを立て直すにはまだ足りない。
どうしても体が震えて力が入りきらない。
これが武者震いだというにはまだちょっと無理があるんじゃないかな?
気を抜くとやっぱりその場にしゃがみ込んでしまいそうになるのが本音だった。
「――あのさ、迷惑ついでにもう一個お願いしてい?」
私は震える体を両手で抱きながら上目遣いで彼を見やる。
ほんの少しだけ口元はわなないていたけれど、笑みは微かにだけ零れた。
「な……何だ?」
「私のことぎゅっと抱き締めてくれない?」
「――は? ……はあっ!?」
目をひん剥いて大声を上げるアーバンさん。
立ち上がって覚悟を決めても、体の微かな震えが消えてくれないのだ。
やっぱり怖い気持ちが一瞬で無くなるものじゃないのは解った。
今この瞬間もやっぱりどうしようもないくらいに怖いから。
けれどそれでも、私はそれに打ち勝ちたい。
だからそんなお願いをしてしまったのは、少しだけ勇気が欲しかったんだと思う。
「――お願い」
私は真剣に彼を見上げた。
すると彼も観念したように頷いてくれた。
「わ、分かった。……じゃ、じゃあ行くぞ」
「うん」
鎧を着けた彼の腕が背中に回ってきて、そこから彼の大きな胸に吸い込まれた。
直後、彼の強ばった体と腕に力が入る。
「んっ……」
私が声を上げると彼は少し、いやかなりびくんと体が脈打ったけれど、想像通りの力強さに当てられて、不思議と震えは止まった。
更にそこから暫く抱擁は続いた。
彼の温もりに触れながら更に強く力を込められて、流石に私も息が詰まって身悶えしてしまう。
「う……ん、と……苦しい」
「――っ!!? ……すっ、すまんっ!!」
そう言った途端に彼の腕がばっと私の体を引き剥がした。
そのままガバッと向こうを向く。
何だか今度は彼の腕が震えていて、可笑しかった。
代わりと言ってはなんだけど、私の体の震えは不思議なくらいにピタリと止まっていたのだ。
それにお陰様で心もほっこりと温まったような気がした。
これなら何とか戦えるかもしれない。そんな気持ちが自然と湧き上がる。
「アーバンさん。色々ありがと。私、何とかやれそうよ」
「……はっ、早く行くぞ!」
彼に笑顔を向けたけれど、結局そのまま彼が振り向くことはなく。
全速力で城の方へと走って行ってしまったのだ。
「まっ、待って下さいッス! 隊長!」
私と、アーバンさんの後ろ姿を見比べながらおろおろと挙動不審になるリットくん。
「し、シーナさん……大丈夫ッスか?」
おずおずと私の意思確認を取ろうとしてくれる。
この子もこの子でけっこう優しいんだな、などと思いながら私は元気良くサムズアップを決めた。
「うん、お陰で目が覚めたわ。私も行く!」
ようやくいつもの笑顔が出せた。
私の顔をじっと見たリットくんはしばらく固まっていた。
何を考えているのだろう。気のせいか顔が少し赤いように感じるけれど。
「あっ……。じゃ、じゃあオイラたちも早く追いかけるッスよ!」
リットくんも凄いスピードで急に走っていってしまう。
私は完全に一人置き去りにされてしまった。
「え!? リットくんまで! ちょ、ちょっと待ってよおっ!」
私はそんな二人の後を軽やかな歩調で追いかけた。
一歩二歩と足を踏み出すと私の体はスピードに乗り、耳に風切り音が響く。
やってやるわよ。
そう自分に言い聞かせながら、ここから私は再び走り出したのだ。




