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今正に目の前のライラだったものに押し潰されようとするアリーシャ。彼女をこの訓練場に辿り着いた瞬間動いた工藤の地の能力により、壁面を変化させ助ける事に成功すした。
本当に間一髪であった。ほんの一瞬でもここに着くのが遅れていたらアリーシャの亡骸を看取る結果となっていたかもしれない。
「アリーシャ! 大丈夫か!?」
「クドー……助かったんだな」
「ああ、椎名のお陰でな」
呼び掛けたがアリーシャの声は弱々しく、いつものような凛とした物腰は失われている。ダメージを受けているのか自ら動こうとする姿勢も無い。
「う……おおおおおオお」
巨大な魔族は攻撃を受け止められたのが気に入らなかったのか、そこから何度も触手を振り下ろし始めた。
流石にあの重量級の触手での衝撃。一朝一夕で形成した石の壁程度で何度も止められるものでは無い。
工藤は直ぐ様魔族に向かい駆けながら攻撃を放つ。
「ストーン・バレット!」
指先から生まれた石の弾丸を三発立て続けに放つ。
「うおおおおオ……んん」
触手を破砕した衝撃により魔族は怯み、少し後退った。
「アリーシャ! 今助ける!」
その隙にストーンウォールを解き、そこからアリーシャを連れ出し直ぐ様距離を取る。
「うぐっ……!」
「アリーシャ!? 大丈夫かよ!?」
思った以上にアリーシャは怪我をしていた。主に打撲による全身の骨折だ。工藤に抱えられた瞬間アリーシャに激痛が走り、呻く事を禁じ得なかったのだ。
アリーシャは苦悶の表情で痛みに耐える。見れば鎧に覆われていない左腕が変な方向に曲がっている。
「腕っ、折れてんのか!?」
「だ、大丈夫だ……ごほっ」
そう言った瞬間アリーシャの口から赤い鮮血が零れる。とてもでは無いが大丈夫には見えない。少なくとも満足に戦える状況で無い事は確かだ。
そうこうしている内に魔族は再びこちらを認識し、触手を蠢かせながら向かって来ていた。
不意に魔族の右腕が動いてこちらを向いた。
大きな掌を開いて、そこから黒い球体が出現し、工藤の背筋に怖気が走った。
「危ねえっ!」
咄嗟にアリーシャを乱暴に掴み左に跳ぶ工藤。アリーシャは痛みに顔を歪めるが、こればかりは仕方が無い。
その直後、二人がいた場所を黒く禍々しい光線が貫いた。
それにより地面が抉り溶け、腐敗臭が立ち上がる。
「何だこりゃ……」
流石の工藤もこれには戦慄する。こんなものをまともに受けてしまえば一発でアウトなのは明白であった。
「クソッ、舐めやがって。一気に片付けてやる!」
攻撃力は凄まじいが動き自体は鈍重だ。集中放火を浴びせれば倒す事は然程難しく無いと思えた。
工藤は立ち上がりドラゴニックブレイズの構えに入った。そんな工藤の行動を察したのか、アリーシャが立ち上がる工藤の腕を掴んだ。
「クドー、……待ってくれ。ライラは意識を無くしているだけで……」
アリーシャは今にも泣き出しそうな瞳で工藤に訴え掛ける。
工藤は事情を把握している訳では無い。
だがこの悲痛な面持ちのアリーシャを目の当たりにし、目の前の敵を燃やし尽くし消し炭に変えるという方法は微妙なのだという事は悟った。
「アリーシャ……、だけどどうすんだよ? アイツを倒す以外に何か方法でもあんのか?」
そんな工藤の問い掛けに、アリーシャは指をライラの上半身へと向ける。彼女の指し示す部分はライラの顔だった場所に埋め込まれるようにして輝く魔石である。
「あれを取り除けば……恐らく元に戻せる」
「あれは……魔石か!?」
工藤の声にアリーシャはこくんと頷き肯定を示す。
その瞬間再び黒い波動が二人に襲い来る。
だがそれを工藤はアリーシャを担ぎ、右に跳んで避けた。来る事さえ分かっていれば予備動作もある。避わす事は容易いのだ。
だが怪我を負っているアリーシャにとってその緩急の動きは大分堪える。先程から声が我慢出来ぬ程の痛みに苦しんでいた。
だがアリーシャを置いて戦おうにもこんな状態で捨て置けない。
この戦いを終わらせるにはアリーシャの言うようにあの額の魔石を取り除く事が先決だ。
だが工藤は正直困っていた。彼の技ではそれが容易で無い事は想像に難くなかったのである。
工藤の技は破壊力は抜群だが如何せん精密さに欠ける。
あんな場所のあんな小さな魔石だけを取り出すなど彼の手札では不可能だと思われた。
「ちっ! ……クソッタレ!」
今度は再び触手での攻撃が繰り出される。
頭上高くから振り下ろされる数本の触手が工藤達を潰しに襲い来る。あんな大木のような触手で潰されれば即死だ。
「サンド・ガントレット!」
工藤は地の精霊ノームの力を解放し、得意の砂の防護幕を展開した。
逃げる事を一旦止め、アリーシャに負担が掛からないようにする。工藤はその場に止まりライラの攻撃を受け止め、受け流しに掛かった。
「はああっ……!」
ドスドスと鈍く重い衝撃が砂を通し伝わってくる。だが工藤はインパクトの瞬間に上手く砂を操作し、その衝撃を最小限にまで抑え込んでいた。
ライラはライラで一度標的を捉えた悦びを感じているのか、何度も何度も触手での強打を繰り返した。
「クドー……すまない。こんな事に巻き込んでしまって」
アリーシャが謝罪しつつ体勢を変え立ち上がる。立てはしたものの相変わらず辛そうである。左手は折れて垂れ下がり、見ている方も痛々しい。
「何言ってんだ! 仲間なんだから水くせえこと言うなって!」
「すまない……」
苦悶の表情を浮かべ俯くアリーシャ。
それは体の痛みもあるだろうがそれ以上に自身の師、ライラが最期の瞬間にこのような事になってしまった所が大きかった。最早彼女をこのまま工藤の力で倒してしまった方がいいのだろうとは思いつつも、こんな形で終わる事しか出来ない歯痒さゆえである。
「クドー。私をライラの顔の近くまで飛ばしてくれないだろうか?」
「その体でかよ? ……さすがに無茶じゃねーか?」
幾ら怪我を負っているとはいえアリーシャもこのまま全てを工藤に任せるなど出来はしない。喩え骨折れた身体に鞭打ってでもこの状況を何とかする心積もりであった。
なのでそのような工藤の言葉で引く気は毛頭無い。
「……これは私の戦いだ。私にケリをつけさせてほしい。それに私なら魔石とライラを斬り分ける事が出来る」
アリーシャは立っているのもやっとである。だが彼女がやると言ったらやるのだろう。これまでの短い旅の中でもそれくらいの事は理解していた。
だから工藤も出来る事ならアリーシャの願いを聞き入れてやりたい。だが結局工藤の力では現状難しいのだ。
最早ライラの魔石がある場所までは地上から数十メートルの距離がある。そこまでアリーシャを運ぶ手立てが無いのだ。適当に空中に放り上げるくらいならやれなくもないが、それだとライラの格好の的になるだけだ。空中で攻撃を避けつつライラに迫るという事が出来なければこの作戦は成功しない。
工藤は迷っていた。
そうこうしている間にも狂ったようにライラの乱打が繰り返されている。流石に徐々に押され始めてきた。
「クドー。シーナは一緒ではないのか? 彼女は君を助けに来ていた筈。シーナの助力があればライラを正気に戻させる事も容易いと思うのだが?」
ふとアリーシャがシーナの名前を出した。
工藤は痛い所を突かれた心持ちになる。そして彼自身も同じ事を考えていた。
そして彼は思う。自分はやっぱりダメな男だと。椎名が居なくても全て自分の力で何とかしてこの戦いを終わらせるくらいの気持ちだったというのに。
初っぱなからつまづいてしまっているのだから。
だがそれでも人には得手不得手、適材適所というものがある。
今のような頭を使ったり、正確さや精密さを要求されるような事に掛けて、工藤はそこまで力を発揮する事が出来ないのだ。
工藤は歯噛みする。
椎名にこれ以上負担を掛けさせたくなくて置いてきたというのに。
やっぱり彼女がいないと駄目だなどと。格好悪過ぎるにも程がある。
工藤は歯軋りしながらライラを見据え、その場に止まり続ける。




