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「「ヒストリア流奥義っ!! 風林火山っっ!!!!」」
二人の奥義が激突し、眩いばかりの光を放つ。闇に包まれた訓練場が一瞬にして昼間のような明るさに包まれた。
風が荒れ狂う嵐のように吹き荒び、剣気の奔流が竜の戦きのように入り乱れていく。
その中心にいる二つの球体。そこで激しい剣と剣のぶつかり合いが起こっていた。当初は全くの互角かと思われたものの、少しずつではあるがアリーシャの方が若干押され始める。
あれ程の魔法を上乗せして放たれたにも関わらずアリーシャの奥義の方が力負けしているのだ。
どちらかと言えば魔法の勢いが上乗せされた分だけ最初互角に持ち込めた、という事なのだろう。
この事実に改めてアリーシャは実感する。ライラの技の洗練された力を。敵ながらに称賛を贈る事を禁じ得ない程の見事な奥義だ。
対するアリーシャはこの奥義を初めて繰り出した。奥義とは名ばかりの紛い物だという現実を突きつけられる。
このまま行けばアリーシャは確実に負ける。そんな未来が頭に過る。
そしてこれだけの衝撃だ。この先に確実に綻びが生じ、途端にその力の激流はアリーシャ自身の身体へと一気に押し寄せるに違いない。
そうなれば確実に命は無いだろう。
「くっ……!」
歯噛みしながら相手の顔を一心に見つめる。
それでも、喩え命を失ってもアリーシャは守りたいのだ。
「……どうやら勝負あったようね」
不敵にアリーシャを見つめながら笑むライラ。
アリーシャの守りたいもの。それはこの国を、というような大仰なものでは無い。
「……ライラ」
ただ、自分に騎士としての矜持を教えてくれた。
「……ライラッ」
大切なものを守る強さを教えてくれた。
「私はっ!!」
たった一人の師を、その心を。
「私はお前を絶対にっ……! 絶対に救ってみせるんだっ!!」
アリーシャは今目の前の彼女を心の底から救いたいと思っている。
自分を救ってくれと言った、あのライラの言葉に嘘偽りは無いのだとアリーシャは確信していた。そしてこれまでのライラの行動からも。
以前ライラを救う事を約束したアリーシャは、それを果たす。その一点を叶えるためだけに今この戦いに臨んでいた。
自身の全てを賭けて。
「ああああああああああっっ!!!」
「!?」
アリーシャの列泊の気合いと共に、その身体からより一層大きな剣気が湧き上がった。
膨れ上がった剣気の球体は、そこに大きな優しさと温かさを内包し、もう一つを融合するように取り込んだ。そしてそれはそのまま形を変え、一つの大きな球体となる。
それを機に荒れ狂う嵐の余波は中心へと集まり、二つの影は交錯した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ゴフッ……。
ライラは口から緑色の血を垂らし、静かにくず折れた。
体には亀裂が入り、足先が少しずつさらさらと灰のように消えて無くなっていく。
「ライラ!!」
アリーシャは技の反動で自由の利かない体に鞭打って、這うようにライラの元へと近づいた。
「……アリー……シャ」
もう見えていないのか、虚空を見つめる目は胡乱であった。それでもライラは何かを探すように手を中空に伸ばし彷徨っている。
アリーシャは必死にその手を掴み、握り締めた。
「ライラ!」
「フフフ……何を慌てているの? 可笑しいわね」
アリーシャは自然と涙が溢れて、視界がぼやけてしまう。それでも必死に最後の瞬間を目に焼き付けようと何度も涙を拭った。
「私は……。すまないライラ」
伝えたい事は色々あった筈なのに、いざ最後の時だと思うと言葉が出てこない。結局、謝ることしか出来なかった。
「本当に可笑しいわね。何を謝ることがあるの?」
「私は、こんな事でしかお前を救うことが出来ない。許してほしい」
アリーシャは剣の道に生きる者だ。そしてライラも。そんな二人は語り合うよりも剣を交え、互いの生き様を示す以外の方法を知らないのだ。
ライラは薄く笑む。
「……許すも何も、これは私が望んだことよ。あなたのお陰で最高の滅びを迎えられる。感謝こそすれあなたを恨んだりするようなことは何も無いわ……」
その言葉を聞いて、アリーシャは改めてライラがやはり魔族なんだと思い知らされる。死を迎えるために生きるなど、到底人間の価値観を越えている。
しかしそれでも、例え自分で招いた結果だとしても、それでもアリーシャはライラの事を想い、この行動に至ったのだ。後悔など、決してしてはならない。
「……だけどなぜかしら。望んだ通りの結末を迎えているはずなのに、変な感覚が悦びの邪魔をするの」
少しずつ、少しずつ、ライラの体が消失していく。
「まだもう少し生きていたいって……、そんなことを思ってしまっている自分がいるわ」
「!? ……あ……あ……」
ライラの体はもうその半分を失ってしまっている。
アリーシャは彼女の言葉に嗚咽が混じりどうしようもなく胸が苦しくて顔を上げていられなくなる。彼女の胸に今この一時だけは顔を埋め、母を想う少女のように泣いていたかった。
握り締めた手はまだ温かくて、この温もりを忘れないように更に強く握り締めた。
「アリーシャ。あなたと過ごした数年間は、この五百年という時間の中で……悪くない日々だったわ。私は……」
トスッ。
余りにも突然過ぎて、一体何が起きたのかよく分からなかった。
ただ突然ライラの首筋に何かが刺さり、それは一瞬にしてライラの体内へと入り込んでいったのだ。
「ライラ……?」
「あ……あ……あ……」
直後ライラの体が小刻みと震えだし、苦しみ始める。やがてライラの眼球がくるりと回転し、彼女の美しい口元から涎が垂れ落ちる。見ているだけで彼女が正気を失いかけている事が分かった。
「あ……アリーシャ、に……げ……」
「ライラッ!?」
ライラの振り絞るように突き出された手に押し退けられ、アリーシャは地面を滑るように数メートル転がった。
「ぬごおああああぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁぁっっ……!!!」
聞いた事も無いような奇声を上げ、ライラの体が蠢き始める。上半身しか残っていなかったものが、腰から触手のようなものが何本も生え、うねうねと蛸のような足を作り出す。
「ふははははははっ! 人間一人も殺せぬ魔族など不要! 化け物に成り果てこの国を滅ぼすがいい! 私がお前に立派な最後の使命を与えてやるのだ! 感謝しろよっ!」
訓練場の入り口近くにこの事態を発生させた張本人が立っていた。
アリーシャの体に稲妻のような怒りの感情が駆け巡る。苦虫を噛み殺したように彼の名を呼ぶアリーシャ。
「ホプキンスッ……!!」
今彼女の怒りは頂点に達していた。




