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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
ヒストリア王国編
212/1062

4-39

工藤は椎名を抱え、一直線にアリーシャのいるであろう場所へとひた駆けていた。

騎士たちはというと広場に置き去りにしてきてしまったのだ。

勿論出発の際に自分達もついて行くと言い張った。

その為にアーバンとリット、二人して戻って来たのだから。

だが工藤はそんな二人を置き去りにし、全力で訓練場へと向かってしまったのだ。

理由は簡単。ちょっとした焼きもちだ。

自分の知らぬ間に何となく椎名に近寄ってきた二人の騎士が気にいらなかったのだ。

特に隊長のアーバンという男。彼は危険だ。

背も高くて騎士の隊長というステータスもある。

それにこれは工藤の単なる勘だが椎名を気に入っているように感じたのだ。

正直椎名は贔屓(ひいき)目を抜きにしても美人だ。

スタイルもよく、気立てもいい。

そんな彼女がむさ苦しい男どもに囲まれて、放って置かれるとは到底思えないのだ。

幸い広場での戦いは終わり、近くに魔族もいないと思われた。

騎士を二人、その場に残した所で大きな問題にはならないだろうと工藤は考えたのだ。

工藤は今、彼らから逃げるように全力疾走している最中だ。


「━━ち、ちょっと工藤くん! 下ろしてよ!」


椎名が手足をバタつかせながら抗議の声を上げる。


「わ、わぁーったよ」


流石にこのまま移動し続けるのも骨が折れる。

というか実際は冷静になった工藤がちょっと恥ずかしい気持ちがあるのを我慢できなくなっただけなのだが、そんな事は極力見せないよう、何事もないかのように彼女を地面に下ろしてやった。


「…………」


「椎名? 流石に疲れたか? ちょっとくらい休んでいくか? ほら、お前ちょっと寝ただけでけっこう回復したりするじゃねえか」


椎名は先の戦いで一度重傷を負い、ボロボロになっていた。

工藤がわざわざ彼女を抱えて運んでいたのには彼女を少しでも回復させてやりたいという気持ちもあったのだ。


「いや……そうじゃなくてさ」


珍しく歯切れの悪い椎名の口調に工藤は今一意味が分からない。

そもそも彼は色々と細かい事に気を使えないタイプなのだ。


「?? 何だよらしくねえな。言いたいことがあんならはっきり言えよ?」


椎名はそんな工藤を一瞥、二瞥し、ようやく口を開いた。


「その……ここから先は、一人で行ってほしい」


「――は?」


工藤は椎名の言った意味が分からず、間の抜けな声を上げてしまう。

工藤は彼女を見つめていたが、椎名はもじもじしながら目を逸らしたままだ。


「……だから、そのままの意味よ。私が行っても足手まといだから置いていってって言ってるの」


「はあ?」


工藤はこれは本当に椎名なのかと耳を疑う。

そこにいつもの彼女の余裕は全く感じられなくて、工藤も戸惑い眉根を寄せる。


「おい……何言ってんだよ? ……これからアリーシャとか、隼人とか、高野とかさ。助けるんじゃねえのかよ?」


「そう……したいのは山々だけど。私、風の力無くしちゃったからさ。今さら私なんかが行ってももう、どうしようもないのよ」


俯く彼女の表情は、諦めから来るのか自嘲から来るのか。

どちらにせよ今の彼女の心の内など工藤に解る筈も無く。

それでも工藤はそんな彼女に向けて精一杯の笑顔を作った。


「分かった! じゃあ俺は一旦先に行ってるから、ちょっとここで休んで後から追いかけてこいよ!」


そんな事を言う工藤に椎名は当然のように戸惑い慌てふためく。


「ちょっと!? 工藤くん、私の話聞いて――」

「大丈夫! お前はそんな事で諦めちまうようなタマじゃねえだろ」


椎名の抗議の声には耳を傾けず、被せるようにそんな事を言う。

椎名はそんな工藤を見て目を丸くし固まってしまう。

けれどすぐにその表情は不貞腐れたようになり、哀しげに長い睫毛が伏せられた。


「――なっ……何よ! 知った風なこと言って!」


「知ってるっての。長い付き合いだろ?」


言い言葉に買い言葉。

いつも二人はこんな感じで過ごしてきた。あー言えばこう言う。

互いの我を通すのに、相手の話など聞きはしない。

だが今までもそうして来たのだから今更変えられはしない。

二人の関係性は常々こうなのだ。


「――なっ……長くなんかない! 高校からの、たった2年くらいの付き合いよ!」


更に真っ赤になって抗議する椎名。

そこにいつもの余裕は無く、何だかまるでいつもと真逆の関係だ。

普段なら工藤が必死になってあーだこーだと言い訳を募らせる側だというのに。

それが妙に滑稽で。

こんな時だというのに工藤は妙に笑えてきてしまう。

こんな椎名を見るのが初めての事だから。だが流石に笑ったりはしない。本人は至って大真面目なのだ。

こんな状態で笑い始めたら、椎名に一体何を言われるか分かったものではない。

まあいい。そんな事はどうでもいいことだ。

とにかく椎名はいつだって椎名なのだ。


「へへっ、細かいことは気にしねーよ。少なくとも俺は椎名ほど何の気兼ねもなく話せる奴はいねーんだからさ」


「はあっ!? 何言って――」


「それと、ありがとな。そんな2年程度しか付き合いのない俺を、必死に助けようとしてくれて」


「っ!! ……う」


工藤の言葉に、流石の椎名も言い返せなくなる。

完全に一本取られてしまった。

もう何を言えばいいのか分からない。何が正しいのかも。

工藤と話していると、何だか全てかバカらしく思えてくる。そして全てが大切にも思えてくるのだ。


「……このあほっ!」


とにかく工藤を罵らずには居られなくて、暴言だけを吐き捨てた。

その態度に工藤は更に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「何だよ……全然元気じゃねーか」


「――っ」


工藤の笑みに、椎名は体をビクッとさせてしまう。

余裕がなく、椎名の目は泳いでいる。

けれど彼女の頬はほんのり赤く紅潮している。


「……工藤くんのクセに……生意気」


「ははっ……だな。まあいいや。とにかく俺は先に行くことにすっから、お前はちょっと休んでから追いかけて来いよ!」


そうして工藤は椎名の頭をぽんと叩き、二度三度と撫でた。


「━━っ、ちょっとっ! 何すんのよっ」


「へへっ、じゃあまた後でなっ!」


そのまま椎名を置き去りにして走っていく工藤。

もう彼は振り返らなかった。

その背中を恨めしそうに見つめ続ける椎名。

工藤はもう少しだけ彼女に時間をあげようと思った。

言いたい事は言った。もうこれ以上言葉はいらないのだ。

工藤は椎名がどんな奴なのかよく解っている。

ずっと彼女の事を誰よりも見てきたから。

彼女がこのまま大切な友達を放っておくなど絶対にするはずが無いのだ。

決して、何があっても。

椎名は絶対に後から追いかけてくる。

そんな解りきった結果が見えているのに、今連れていくや置いていくやなどと押し問答をする事ほど時間の無駄は無い。

少なくとも今、アリーシャに危険が迫っているこ事は確かなのだ。

それならば工藤は工藤の出来る事をするだけだ。

椎名が再び顔を上げた時、彼女の居場所や大切なものが壊れたり傷ついたりしていないよう全力を尽くす。

椎名がほんの一時でも、下を向いてしまった事を後悔しないように。


「うしっ!!」


彼女の事を考えながら工藤の身体に力が宿る。


『クゥンッッ!!』

『キイィッッ!!』


「おうよっ!」


その主に呼応するように精霊が声を上げる。

まだまだ戦いは終わらないというにも拘わらず、工藤は明るく元気だ。

ふと顔を上げると星が瞬いていた。

煌々と輝く星のきらめき。

その輝きが失われる事なんて無いのだ。

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