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「「ヒストリア流剣技、風!!」」
奇しくも二つの声は一分のズレも無く重なった。
この技は力よりも技のキレを主としたもの。そしてヒストリア流剣技の中でも最速の剣である。
先ずは己の最速の剣で相手をねじ伏せる。はたまた自身の最も得意とする技で互いの優劣を一早く決してしまう。そんな思惑が無かったかと言えばそれは嘘になる。
ヒストリア流剣術は元々相手の一挙手一投足から次の行動を読み解き、それに対するこちらの最適な行動を以て相手を打ち倒す後の先を取る剣術。
今この時に互いが何の技を繰り出すのか。またそれに対してこちらが何の技で迎え撃つのか。第一撃に至るまでに二人の間には幾通りもの駆け引きが生まれていた。
そして結果二人が至った解がヒストリア流剣技の中でも最も始めに習得するべき技。そして自身が最も数多く繰り出して来たであろうこよ風の技を選択するというという事であった。
この初撃には、それぞれに異なる思惑があった。
ライラは幾百年という長い年月の間に幾度となく繰り返し、積み重ねてきた剣の研鑽に対する大きな自負を持っている。
自分の技が生まれて十六年程度の一人の人間に押し負ける筈がないと、そんな絶対的自信に裏付けられた初撃。
それに対しアリーシャは、ここ数日の度重なる戦いの日々の中で、ともすれば命まで失いかねない実戦の中で加速度的に洗練されてきた自身の剣を見せつけるためだ。
今までライラと立ち合ってきたあの頃の自分とは最早技のキレも、重みも全てが違うのだと見せつけるのだと。そんな絶対的信念に裏付けられた初撃であった。
この二人の選択はおおよそ正しくもあり、しかしおおよそ間違ってもいるのだろう。
相手を打ち倒す。
その一点に特化するならば、やはり自身の今繰り出せる最強の技を出すべきなのだから。
そしてその技の優劣で、一瞬にして勝敗を決してしまうべきだ。
だがそれをしなかった。いや、正確には出来なかったのである。
ライラは魔族という身でありながら、剣の道に取り憑かれた求道者である。
当然そこには長い探求の末に辿り着いた剣の矜持のようなものが存在する。
そして今ここで、この瞬間に相対しているアリーシャは間違いなく剣の天才である。それは自身がこれまでの数十年剣を斬り結んできた数多くの者達の中でもトップクラスの。
その相手を前にして、自身の剣を思い切り振るいたい。
そしてそれを打ち倒し、自身の剣をまた一つ上の次元へと昇華させる。いや、昇華させてみせると考えていたのだ。
だがそれと同時にライラの中には自身が振るう剣にまだ更に上の次元があるのだろうか。それとも最早辿り着くべき所まで来てしまったのだろうか。という疑念も同時に存在していた。
それらを考えた時、その自分への問題提起をそんな一つ限りの技だけで終わらせるなど、到底出来はしない、無理な話だと無意識レベルで思ってしまっていた。
対するアリーシャは、やはり今この瞬間に至っても、ライラを剣の師であると思っている。
ライラの剣に対する想い、それは彼女が喩え魔族であっても本物だ。
こと剣に関しては越えなければならない壁であり、教えられる部分も沢山あった。
そして何よりライラがいなければ、今の自分は確実にここに立ってはいない。
ライラに出逢えた事により今の自分があり、ライラに教えられてきた想いや知識があるからここまで辿り着く事が出来たのだ。
その彼女に対しアリーシャは自身の剣を、手の内を全てさらけ出し、その上でライラを越えるに至りたい。自身の剣を最も間近で、最も数多く見てきたライラに今の自分の全てを見せつけたいとそんな想いがあったのだ。
そして今この瞬間。そんな二つの想いが、二つの技となって重なり合い、交錯した。




