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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
ヒストリア王国領編
162/1068

3-49

「――ここは……一体何なのだ……?」


ケルベロスを打ち倒した直後。少しばかり余韻に浸ってしまっていた私は、気がつけば先程とは全く別の空間にいた。

周りの景色は全てグレイ一色。先程まで一緒にいたはずの美奈達もいなくなっている。というよりか現状を鑑みるに私一人だけこの場所に飛ばされてしまったと見るべきか。

とすれば考えられる事は一つ。


「精霊か」


「ウチじゃ」


「っ!!」


急に背後で、私の呟きに呼応するように声がした。

驚き振り返るとそこにはロングソードを携えた一人の少女の姿があった。

彼女を見た瞬間、不思議なことに妙な既視感を覚えた。

そう思った途端、ある記憶が心の奥底から浮き上がってきた。

水面に浮き輪が浮上してくるように。これは、今朝の夢の記憶――。


「――お前は……朝の」


「そうじゃ」


少女は眉一つ動かすことなく、無表情で私を見つめている。表情からはこの行動の意図が読み取れない。

確か朝の時点では私の事が嫌いで、力を貸さないというような事を言っていた筈だが、一体どういう風の吹き回しだろうか。


「何故ここへ私を連れてきた?」


「ハヤト……お主に聞きたいことがあるのじゃ」


「――」


私は正直かなり焦っていた。

戦いは一つの区切りを迎えた。椎名や美奈、アリーシャに危険はないだろう。

だが私はどうか。急にこんな所へと連れて来られ、この後皆の元へ帰してもらえるのだろうか。

彼女の私に対する想い次第ではこちら側に無理矢理囚われるという可能性もあるのではないか。

そんな事になったら私には為す術がない。

だが今この精霊は私に聞きたい事があると言った。

私と話がしたくてこっちへ連れて来たことは明白。

ならばどうあってもここで彼女を説得しなければならないのではないか。

とにかく彼女の言う言葉に耳を傾けてみよう。

最善は彼女との対話の末契約を結び、精霊と共に元の場所に戻ることだ。

そこまで考え、私はその場にしゃがみこみ、彼女と目線を合わせ向き合った。


「聞きたい事とは?」


そんな私の目を見つめる精霊。一瞬目が少し見開かれた気がした。


「――お主は何故力を求めるのじゃ」


前回会った時はまともに目も合わせてはくれなかったのに、今回は真剣な眼差しで私の目をじっと見続けている。それだけでも大きな進歩と言えた。

これは返答次第では、力になってくれると見てもいいのではないだろうか。

となればここでの回答が今後の命運を左右すると言ってもいい。

だが彼女が一体どういった返答を求めているのか今一検討がつかない。

ただ今朝から今までの私の行動は見られていたはずだ。

ここまでの行動の中で、何か彼女の意思を変えるようなものがあったのかもしれないとは思う。

とはいえそれがどういったものなのかは見当がつかない。ここは偽りない気持ちを吐露するのが最善と考える。

私は小さくほうと息を吐いた。


「何故……か。今まで必死でここまで来て、いちいち考えている余裕は無かったな。だが何故かと聞かれれば、答えは簡単だ。大切なものを守るためだ」


力を求める理由など考えてもそんな事しか思いつかない。

というかそれ以外に何かあるのかとすら思う。


「大切なものを……守る」


少女は私の言葉をそのまま復唱し、しばらく考え込んでいた。

こんな答えで大丈夫かとも思うが、それが私の本心であるのだから仕方無い。

もし仮にこのまま上手く事が運び、いざ契約という状態になれば私の心の内は彼女に筒抜けになるのだろう。

そうなった時、今私が嘘の答えを言っているのならばこの少女を少なからず傷つける事になるのではないか。

些細な事かもしれないが、これから命を預けるかもしれない相手に最初から信頼を置かないというのも悲しい事だ。

ここはやはり駆け引きなど一切無く、自分自身の正直な気持ちで向き合うべきなのだ。


「…………」


精霊は暫く黙り込んでいる。どこか迷っているようにも見えた。

だがやがて意を決したのか、再び私の方を向いてしっかりと私の目を見つめ、思いもよらない反応を見せた。

満面の笑みを作り、朗らかに笑ったのだ。

まるで蕾が花開くように、可憐に。年相応に。

精霊なので実際の年齢はかなり上なのかとも思うが目の前の少女然とした精霊は角が取れたように親しみ易く見えた。


「どうやらウチは少し勘違いをしていたようじゃな。お主の言葉、信じるのじゃ。これからの戦いに、ウチも連れていってくれ」


「え!? い、いいのか?」


意外すぎた。

望んでいた回答ではあるものの、あまりにもあっさりとし過ぎて逆に拍子抜けしてしまう。

朝から今に懸けてどういう心境の変化があったのかは分からない。

だがとにかく精霊の力を借りられるというのならこんなに心強い申し出はない。

そうこう考えている内に彼女は私の目と鼻の先まで近づいてきた。というか急に近い。近過ぎる。


「うむ、ウチに二言はないのじゃ。とは言ってもウチはお主に対する疑いを完全に晴らしたわけではないぞ? だからお主と契約を結び、監視させてもらうことにするのじゃ。わかったら早く手を出すのじゃ、ハヤト」


そう言いながら彼女は小さな手を差し出してきた。

その小さな掌はただの少女のようだ。彼女が精霊と言われても俄には信じられない。

そんな彼女はさっきまでとは全く正反対の朗らかな空気で私に接してくれている。

疑いとか監視とか、言っている事自体は若干物騒で、今一意図は理解出来なかったが正直少し安堵している自分もいた。

とにかくここで私に契約を結ばないという選択肢はない。

私は今すぐにでも現実世界に戻りたいのだ。

私は精霊に言われるまま、右手を差し出した。


「分かったのだ。それで……お前の名前は?」


「バルじゃ!」


これまでで一番の元気良さで答えるバルと名乗る少女。

その名前に私のいた世界でピンと来る精霊は思い浮かばなかったが、精霊に抱く私のイメージには似つかわしくない、明るく元気一杯な雰囲気を見せた。勿論良い意味でだ。

もしかしたらこれが本来のこの精霊の振る舞い方なのかもしれない。私も自然と口角が上がってしまっていた。


「バル……。分かったのだ。ではよろしく頼む」


「うむ」


そして私は彼女の小さな手を取る。

人と何ら変わりのない、弾力のある柔らかな少女の手に触れながら、ここから精霊バルとの冒険が始まるのかとまるでゲームの主人公か何かのような厨二病のような所感を抱いてしまった。

そんな事を考える暇もなく、二人の体はやがて眩い光に包まれた。

目の前が真っ白になり、身体は心地良い浮遊感に包まれる。

揺りかごの中にいるような感覚に包まれながら私はバルに語り掛ける。


『さあ行こう、私達の世界へ』と。

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