第2章 これはもしかしてデートなのでは? 幕間 ~浅い眠りの中で~
――ふと目を開けるとそこは知らない場所だった。
私は朧気な意識の中で、頭をもたげて体を起こす。
「――――?」
意味が解らず思考が停止する。ここは一体どこなのだ?
私は今夢を見ているのだろうか。
ここは周りの景色の全てが灰色に染められた空間であった。
遠くの方へも目を向けるが、靄が掛かったように何も見えない。不思議なところだ。
室内のように狭いのか、はたまた何処までも果てが無いのか。視界がぼやけて何も見えないのだ。
あまりにも無音で、耳の奥が逆にキンキンした。
私の記憶が確かならば、ピスタの街の宿屋で眠っていたはずなのだが。
だがこれを夢と呼ぶには、感覚が余りにもリアルすぎて実感が湧かない。まあ今が夢と実感する感覚というのも形容し難いものがあるが。
あと一つ。考え得る事としては、魔族に攻撃されているのかもしれないという事だ。
「おいっ誰かいないかっ!」
唐突に大きな声を出して叫んでみた。
声は反響することなく、まるでこの空間に溶け込んでいくようだ。
案の定、どこからも誰からも反応は返っては来なかった。
「くそっ、一体なんだというのだ!?」
現状に少し腹立たしさが芽生えてくる。
一体何故こんな事になったのだろう。
それに、私は一体どのくらいここにいるのだろう。
まだ数分しか経っていないようにも感じるし、数時間経過しているようにも思えてしまう。
本当に変な感覚だが、とにかく流石に胸に焦りの気持ちが芽生えてきた。
それにずっとこのままだったらどうしようとも普通に思ってしまう。
「――おい」
「っ!?」
その時だった。
不意に誰かに後ろから声をかけられた。
振り返ると、いつからそこにいたのだろうか。私の目の前に一人の少女が立っていた。
年の頃は――十歳位だろうか。腰まで伸びた艶やかな金色の髪を垂らし、白い布地のワンピースを着ている。
それだけ見れば普通の少女という印象であった。
だが一つ違和感があったのだ。
彼女の出で立ちに似つかわしくない一本のロングソードが腰に提げられている。
表情も子供のそれとは異なって見えた。
まるで彼女が殺されているような。ある程度の人生経験を積んだ者が出し得る雰囲気を纏っているような、そんな感じがしたのだ。
そんな彼女を目の当たりにして、私の中に一つの答えが導き出される。
この者は恐らく――。
「精霊か?」
私の問いに少女は伏せていた目を開き、顔を上げて私を見据えた。
目が合った瞬間に何故か思ってしまった。
この少女が今まで私の中にいた精霊だ、と。
とするとここが精神世界という場所なのかもしれない。
ぱらぱらと私の中で思考が繋がっていく。
きっと私はこの者の力によって、この精神世界に引き入れられたのということだ。
「ハヤトよ――ウチはお前が嫌いじゃ」
少女の目からギラリと妖しい光が放たれ、突然私に対する否定の言葉が放たれた。
やはりか。シルフが言っていた通り、何らかの理由で私はこの精霊に嫌われているのだ。何故かまでは見当もつかないが。
彼女は一風変わった物言いではあるが、慎ましやかで桜色の淡い唇から紡がれる言葉は、小鳥の囀りのようであると思わせた。
少女は雰囲気こそ大人びて見えるが、総じてとても可愛いらしいとも思うのだ。
「お前は何故私を嫌うのだ。私は出来る事ならお前と仲良くなりたいと思っている」
一か八か。試しにそう告げてみると、少女は私をギロリと睨みつけてきた。
「ウチは、そんな事望んではおらんのじゃ」
否定の言葉が放たれはしたが、今さらそんな事で引き下がりはしない。
彼女は言葉ほど私を嫌ってはいないのではと思ってしまったから。
彼女から放たれる圧は、言葉程強いものでは無い。
勘違いかもしれないが、その言葉は私自身に向けて本気で放たれたものではないと思ってしまったのだ。
「なら何故今、お前は私の前に現れたのだ? 私と馴れ合う気がないのなら放っておけばよかったものを」
突き放すつもりであれば精神世界に私を呼び込んだ意味が無い。
少女の言葉は矛盾している。
私の問いに、少女は黙したまま俯いていた。
「精霊のとって魔族は倒すべき相手では無いのか? なら私と共に戦ってはくれないか?」
つらつらと言葉を連ねていく。
それがいかなかったか。そう告げた矢先、初めて少女の体から刺すような気が放たれた。殺気だ。
「お前がそれを言うなっ……!! 斬り伏せられたいのかっ!」
「ぐうっ……」
放たれた言葉と共に一陣の風が巻き起こり、強い圧が私を射抜く。
あまりにも強い圧に、思わず数歩後ろへと下がってしまう。
絞り出すような、怒りを伴った声音に充てられ、頬には冷たい汗が滴っていた。ゴクリと生唾を飲み込む。
だがそれでも、結局私もこのまま引き下がる訳にはいかないのだ。
このままこの場所に一生とどまっている訳にはいかないのだから。
「何故だ? 私はこの世界に召喚され、巻き込まれたとはいえ、魔族を倒すべき相手だと思っている。それはお前も知っているのではないのか?」
「うるさいのじゃっ!!」
相変わらず睨みつけてくる視線は強く鋭い。
何故それ程までに私を憎むのか。全く理解出来なかった。
「とにかくウチはお主に力を貸す気はないのじゃ。精霊の力など当てにせず、自分の力で何とかしろ」
吐き捨てるようにそう言い放ち、闇に溶け込むように姿が消えていく。
「なっ!? 待ってくれっ!」
少女へと伸ばした手は虚しく空を切り、泡のように少女は消えてしまった。
それと同時に私の意識は再び遠ざかっていったのだった。




