レイノールの過去12
エスメラルダは体を剣でいかに傷つけられようと、魔族の思惑に屈する事はなかった。
それどころか今この状況で、自身がどうする事が最善なのか、ずっと模索し続けている。
彼女の心は全く曇らず、目の前の魔族に対する正義の心で溢れていた。
手足を隊員に傷つけられても、相手を恨む事もなければそれでいいとさえ思っている。
「フフフ……君ハ中々に美しイねえ」
グリアモールはそんな彼女の心の内を感じ取り、賞賛していた。
レイノールでさえ今のこの状況に心を砕かれかけているというのに、この女は一切動じていない。
苦痛を与えられても心の炎がブレる事が無い。何という輝きか。
だが、魔族は本来人間の負の感情を糧に生きる種族。
この状況で深く絶望してくれる事を願っているのたが、そうならないこの女は本来面白くない。
種族本来の本能に従い行動した結果とは外れる。
だがそれでもグリアモールは、彼女のその様子に胸が打ち震えずにはいられなかった。
グリアモールとは魔族の中でも異質。そういう生き物なのだ。
グリアモール自身、この結果は魔族本来の本能としては面白くはない。だがそれでもある程度満足している。
そして、他はどうだろう。
グリアモールは少考した後、静かにエスメラルダに語りかけた。
「フフフ。だがドうする? このまマだと君は仲間に殺さレる。レイノールはそれを黙っテ見ているだけとは思エないしねえ」
「……」
隊員は皆、恐怖で壊れてしまっている。
必ずエスメラルダに止めを差しにくるだろう。
だがそこまで状況が差し迫った時、レイノールが黙って見ているだけとは思えない。
そうしたらレイノールは間違いなく隊員をその手に掛ける。
この先に同士討ちが起こってしまうであろう事は火を見るより明らかだった。
それも面白い。だがそれよりももっと面白いのは――。
やがて、エスメラルダは顔を上げ、グリアモールの仄暗い瞳を見つめた。
「……あなたの狙いは分かりました。皆が等しく助かる事などありはしないということも。なら私は運命を受け入れましょう。ですが、一つだけ聞かせてください」
「なんダい?」
「私が死ねば本当に隊員の命は保証してくれるのでしょうか?」
「……フフフ」
グリアモールの立場からすれば、騎士達の命をどうしようと勝手だ。
例え誰かが犠牲になったとしても、本当に残りの者達を助けてくれるかどうかなど分からない。むしろ助からないと考える方が自然だ。
今のこのやり取りも意味があるのかすら怪しい。結局気が乗っただけの興にすぎないのだろうから。
だが、それでも。万が一にでも助かる道があるとするのならば――――。
エスメラルダのそんな一心から出た言葉であった。
「……フフフ。君達の命は今私の匙加減次第ダからねえ。心配なのも分かル」
グリアモールは一拍間を置いて、考え込むような仕草を見せた。
実際は何も考えてなどいないのだが、人間らしく振る舞った方がらしいと感じていたからだ。
やがてグリアモールはふむと一息つく。
「こんな言葉が信用に足るのカモ分からないけどネえ。大丈夫だ。保証スるよ。私は手を出さナイ」
「そう……ですか……」
グリアモールのその様子を見て、エスメラルダはしばし考え込み、やがて意を決したように顔を上げた。
隊員皆の顔を順に見つめるが、誰も顔を上げている者はいなかった。
皆が皆、俯き、顔を歪め、助かりたいと願っている。
レイノールですら最早絶望し俯いてしまっている。
エスメラルダは大きく息を吸い込んだ。
「レイノール!」
エスメラルダの叫びに弾かれたようにレイノールは顔を上げた。
やっと目が合う。
エスメラルダは初めて見る彼の弱った表情を包み込むように微笑んだ。
「エスメラルダ……」
「こんな魔族に屈しないで! あなたは誰よりも強い人なの! 私があなたを……皆を守るから!」
力強くそう言い放ち、エスメラルダは剣を構えた。
剣を持つ腕からは血飛沫が舞う。
そして手にした剣をエスメラルダは翻し――――。
「は? ……お……おい……何だよこれは……」
彼女はなんと自分自身の手で自らよ胸に剣を突き立てたのだ。