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人種依存的麺文化 ⑩

「いらっしゃ〜」

「おっちゃん!宙下ラーメンこってり1つくださーい!」

 お店のドアを開けるなり、蘭子は開口一番で注文を唱えた。おっちゃんの挨拶も自分たちの着席も済んでいないのに。

「はいよ〜」

 いつものことで慣れているのか、宙下一品(堀之内店)の店長こと、おっちゃんは背中で返事をしてラーメンを作り始めた。

 自分はそこまで常連でもないので、席に付いてメニューを見てから注文しよう。そそくさとカウンターの1番端に座った蘭子を追いかけ、自分もその隣に座った。

 にしても蘭子のテンションのV字回復っぷりは半端ない。たった30分前まで、この世の終わりのような表情でうなだれていたのに。

「宙一おごっちゃるから」の一言で目をキラキラさせやがった。

 準備満タンな蘭子は持参した髪留めゴムをカバンから取り出して、手慣れた感じで長い髪を後ろで一つにまとめた。全然違う髪型を一瞬にして作り上げるこの行為は、女子の凄技の一つだと思う。

「早く注文しなよ。ラーメンは早さが命だよ」

 その早さに注文する側も含まれているのは初耳だ。まぁもったいぶってもしょうがない。

「こってりと半チャーハンで」

「はいよ〜」

 片手にチャーシューを持ったおっちゃんが、目を細めてにっこりしながら返事をする。このおっちゃんの愛嬌もこのお店の売りである。

 残り短いが、ここで宙下一品(堀之内店)の宣伝をしておこう。宙下一品は惑星大学地球周辺および、地球のみならず、宇宙全体に展開している超有名ラーメンチェーン店だ。巷では「宙一(ちゅういち)」の名で愛されている。この惑星大学地球のある堀之内にも5年前にオープンし、学生を中心に人気を博している。

 おすすめは宇宙ラーメン(こってり味)だ。ブラックホールをイメージして作った極限まで濃縮されたスープは一度食べたら最後、もう逃れられない。

「はい、お待たせ〜。こってり二つと半チャーハンね」

 とか言っているうちにラーメンできあがり。

「おっちゃん!私のラーメン出すの、こいつに合わせて伸びてないわよね」

「蘭ちゃんひどいな〜。早く注文したぶん、さらにスープを濃縮しただけだよ〜。」

「よし!」

 といって蘭子とおっちゃんは腕を交わした。どうやら伸びていたのはおっちゃんの語尾だけだそうだ。

「ずっ、ずー、ずるっ」

「にしても、あの院生、感じ悪かったわねー」

「ずるずるずる、ずー」

「蘭子が好戦的な言い方するからだろ。単位ほしくないのか」

「ずっ、ずー、ずるっ」

「だってあいつ、なんか偉そうだったんだもん。たまたま院試で勉強したことを思い出しただけなのに。私だって知ってたらこんな実験デザインしなかったわよ」

「それも含めてだろ。誰にも相談しないで急遽実験計画変えるからこういうことになるんだ。単位がもらえる保証が出ただけでもありがたいと思え」

 発表後、自分達は院生と教授に実験計画を勝手に変更したことをこっぴとく叱られたが、レポートをちゃんと書けば単位を出す了承を得た。進級問題は無事解決。

 許してくれた理由は「おもしろかったから」だそうだ。

「ん〜、にしてもあれ、トラウマになりそうだわ」

「あれって?」

位置的価値ポジショナルバリューよ。私、あれ聞くたびにうなだれそう。惑星発生学はやめて、惑星工学にしようかな〜。Planetの装置開発するやつ」

「そうか、もうどこの研究室にするとかも考えてんだな」

「まぁ、私はね。正史くんはしょうがないわよ。3年次転科だし。でもそろそろ考え始めたほうがいいよ」

 うーん、順当に行くとバックグラウンドを活かせるから、自分も惑星工学なんだよな。情報畑出身だし。でもそれじゃあ何のために転科したのか‥

「どんっ」

「ごちそうさまー!実習の話も終わり!」

 蘭子は店じゅうに轟くような大きな声を出して、丼をカウンターに置いた。

「食い終わるの早いな」

「早く帰って早くレポート書きあげたいからね。人生は短いんだから、嫌な時間はさっと終わらせて、次の楽しいことへ向かわないと!」

 蘭子にとって、今日の実習は嫌なことにカテゴライズされたらしい。自分はと言うと、いろいろ波乱はあったが面白かった。というのが率直な感想だ。

「私だけ先にお会計で〜」

「はいよ〜、蘭ちゃんはっと〜。‥あっ、蘭ちゃんラッキーだねぇ。今日はお代はいらないよ」

「どゆこと?」

 と言って、蘭子はおっちゃんと自分を見た。

 どういうことだ?自分はまだ蘭子のおごり分を払っていないぞ。

 よく状況を理解していない2人を見て、おっちゃんはニヤニヤしながら蘭子の左側の貼紙をちょいちょい、と指さした。

 そこにはこんな文句が書かれていた。


「毎月1日は位置的値段ポジショナルバリューの日!1番席の方はタダ!」


 今日何度目かのうなだれた蘭子は、髪留めがはずれ、カウンターの上でのびきったラーメンみたくなっていた。


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