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午前1時37分

作者: 藤出雲

「さみぃ・・・」

「でも、まだ弁当冷めてへんし。ほら、乾杯しよ」

 焼肉弁当。焼きそば。スナック菓子に、ビーフジャーキー。

 がさがさと、ナイロン袋から引っ張り出す。

 近所の公園。石畳のベンチと少しだけ大きな東屋。

真冬にコートを着込んだ、コンビニ帰りの大学生二人。

「ああもう、ビールは俺、飲まれへんのに・・・あ、ちゃんとチューハイはあんねやな。おお、この苺味のやつ、気になっててん。真、流石や」

「よくそんな甘ったるいものと一緒に飯が食えるな・・・そっちの方が流石だよ」

 久住真が缶ビールのプルトップを開けて、スナック菓子に手を掛けながら呆れた様に呟く。名上雄一郎が嬉しそうにチューハイを飲む様子は、まるで子供。コンビニでも、焼きそばだけカゴに入れたら雑誌を読んでいるだけだった。

 だから、チューハイの味を決めたのは真だったし、そのつまみにビーフジャーキーを選択したのも真だった。それを選びそうなのは、よく解っている。

「でも真、ビールと菓子より先にほら、飯食っとかんと。胃ぃ悪すんで」

 雄一郎の言う通りなのだが、真はどうにも、焼きそばを苺味で喉に流し込む彼のスタイルで、悪い意味でお腹が満たされてしまっていた。

「いやまあ・・・でもほら、こんな時間にこんなもん飲み食いしてる時点で、胃も何もないだろう?ゆっくり後で食うから、大丈夫だ」

「それもそやな。まあでも、冷めるよりはええで。はよ食べ」

 何故か微妙に母親みたいな世話の焼き方をする奴だ、と真は雄一郎の事を思っていた。

 今日は講義とバイトがお互いに終わった後、連絡を取り合っていずれかの部屋で呑もうと決めていた。

 どちらが言い出したかは、覚えていない。多分、それくらい自然に仲が良いんだろう。

「ああもう、俺の弁当はいいから、早く話せよ。足らないなら、まだあるぞ?」

 真はそう言って雄一郎のすすめを回避しながら、彼が言いたくても切り出せない話題を引っ張り出す為に、数本のチューハイの缶をずらりと並べた。パイナップル、ピーチ、ブラッドオレンジ、キウイ、ヨーグルト・・・どれも真が死んでも飲まず、雄一郎が毎晩でも飲みそうなものばかりだ。

「何や仰山買ってたと思ったら・・・ほんまに、流石やなー・・・。真みたいな気遣いが出来てたら、もう少し違ってたんかなー・・・」

「・・・はあ・・で?つまり、俺達とか、バイト先の友達とばかり夜な夜な遊んでて、彼女には何もしてやれていない最近だったと。誕生日が近いとか言っていたけど、それは?」

 ビールを一口啜って、真が尋ねた。この察し方が、雄一郎が彼を尊敬している点の一つでもある。

「いやそれがなー・・・それこそ、バイト頑張って、ちょっとええもん買うたろーとか思っててんけどさ。あいつが気にしてたほら、何とかいうブランドの。でな、それ買いに行ったらもう無くなっててな。ブランドや他の取り扱い店舗にも聞いて貰てんけど、無いいうて」

「それはまあ・・・気の毒だったな。ん?ちょっと待てよ、お前、まさか・・・!」

 真がスナック菓子の袋を握り潰した。そう、最近、やけに良いペースで雄一郎が夜な夜な飲み歩いていたり、遊び回っていた事を思い出したのだ。

「あーもう、あいつの事祝ったれへんねやーって思ったら、何か、かーっとなってもうて・・・」

「・・・で、彼女の為に使う筈だった金は殆ど消えた、と・・・」

 気まずそうに頷く雄一郎。チューハイは今3本目だ。

「この馬鹿・・・」

 関西人に馬鹿とは、真が結構な確率で怒っている時の印である。何より、一度、一晩、結構な額を使って遊び回った時に、真も付き合っていた記憶があるのだ。

「・・・何かなー・・・・情けないっちゅーか・・」

 雄一郎が、顔を真っ赤にしながら石畳のベンチに寝転がった。公園のライトに照らされて、端正で美しいとも言える顔が映し出される。恐らくこの美形とはアンバランスな性格のせいで、色々と間抜けな目にも遭ってきたのだろうと、真は呆れている。

「まあ、今回は何とかなるか・・・」

「へ?」

 半分、べそをかいている雄一郎を無視して真は携帯電話で2件、連絡をつけた。

 1件は、雄一郎の彼女。これは、ものの数分で終わった。

「そうか、解った。ありがとう。いやいや、じゃあよろしく」

 もう1件は、ゼミの友人。

「うん・・ああ、それで頼む。遅い時間に悪かったな。明日・・ああ、もう今日か。今日、行かせる」

 電話を切って、雄一郎の所に戻ると、彼は既に夢の世界へ旅立とうとしていた。缶の残りを握りしめて、真はそれを反転させ、ビールを雄一郎の顔面にぶっかけてやった。

「ぶわっ!!に、苦っ・・・!何やねん!!」

 雄一郎の抗議には耳を貸さず、真は淡々と説明だけをした。かなり怒っているのが、酔っている雄一郎にも解った。

「いいか、夕方の4時を過ぎたらこの店に行け。予約しておいたから、すぐに渡してくれる筈だ。その後は、講堂裏のベンチ」

 ケーキ屋らしき店のDMと封筒を雄一郎に手渡す。

「何なん?これ」

「同じゼミで、この店でバイトしている子がいるんだ。ケーキもいいが、焼き菓子がとにかく美味い。たまには派手さじゃなくて、誠意で魅せろ」

「でももう俺、金ないで・・・」

「だからほら、この封筒だよ」

「何の事なん?」

「この間呑みに行った時、お前が調子よく、会計よりえらい多く支払った店があったんだよ。で、差し引き分を俺が預かってたんだ。次会った時にでも渡そうと思って。額も確認したから、これで買える」

 うるうると、雄一郎の瞳が涙で一杯になっていく。

「ありがとう!ありがとうなー!!やっぱり流石や!」

「おい!そんなに大きな声出したら・・・」

「誰だ!!?こんな時間に!」

 近所の住人の一人が、物凄い剣幕で自宅の勝手口から走って来た。

「ああもう!この馬鹿!!行くぞ!」

「ありがとうなー・・・!!」

 足取りも怪しく、酔っぱらった学生二人が住宅街を逃げ惑う。

 残ったのは、公園の景観を著しく汚した空き缶、ビニール袋、食べ残し。そして・・・。


「全く、最近またああいうのが増えたな!困ったもんだ・・・ん?これは?」


 全く手をつけていない、冷めきった焼肉弁当が一つ・・・。


END


その後。

「今日の昼飯は、何にするかな・・・この間食いそびれたし、コンビニで焼肉弁当にでもするか・・・あれは勿体無かった・・」

「学食の日替わり、今日は和風チキンカツだったよ」

 ぼそりと教室で授業が終わったばかりの真が呟いた時、ふいに声をかけられた。

「びっくりした・・・ああ、関口さん。この間はすまなかったな・・助かったよ」

 そこにいたのは、ケーキ屋でバイトをしている同じゼミの・・・。

「関口さんて・・ゼミで一緒になって結構経つし、カナエでいいよ。どういたしまして。友達と彼女さん、あれからどうなの?」

「さあ・・・そういえば、聞いてないな。言われてみれば、君にも報告出来てなかったな・・・世話になったのに、失礼な話だな。今度呑む時にでも、聞いておくよ。悪かった」

「報告だなんて、随分言い方が堅いんだね。別にそんな風に思わなくていいのに」

「いや、でもいきなりだったしな・・・」

「ふふ、あんな時間に電話があったから、何事かと思ったよ」

「本当に、すまなかったね。何かお礼でもしたいところだけど」

 真が、腕時計と彼女の顔を交互に見る。

「学食の日替わり、今日は和風チキンカツだったよ?」

 にっこりと、彼女が笑った。


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